山形文学散歩−松尾芭蕉・斎藤茂吉の旅−   
                                         1999年7月

7月29日 蔵王山(熊野岳)
樹氷高原駅(8:45)→(10:55)熊野岳(11:00)→(12:00)樹氷高原駅
 

 山形市にやってきた。山形県には日本百名山の山が五座ある。鳥海山、月山、朝日岳、蔵王山、吾妻山である。アプローチや日帰り可能という視点からは、月山と蔵王山に絞られる。どちらも観光地化されている山だが、一日一山ずつ登ることにした。


 七月二八日に飛行機で仙台まで飛ぶ。JR利用で山形市入り。昼食に冷やしソバを食べる。駅の本屋に立ち寄る。山形県は松尾芭蕉と斎藤茂吉のゆかりの地だということを認識する。それで『奥の細道』と森敦の『月山』を購入する。

 蔵王温泉行きのバスは山形市から一時間おきに出ている。バスの中の案内で斎藤茂吉は蔵王温泉の麓の出身だということを知る。午後三時半には蔵王温泉に到着する。蔵王温泉には百軒以上の宿泊施設があり、銀行、郵便局、コンビニもある。一つの町のような空間だ。冬のスキーシーズンには東京や仙台空港からの直通バスもある。ロープウェイやリフトだらけの蔵王を眺めながら複雑な感じを抱いていた。

 観光協会に紹介してもらった招仙閣という旅館に泊まる。一泊二食で一万円だ。ここの料理はなかなかおいしかった。米沢牛も食べた。

 翌朝は六時半起床、七時半朝食。歩いてロープウェイの駅に向かう。ローソンで水や弁当を買い、蔵王山麓駅から樹氷高原駅までロープウェイを利用する。多くの観光客はさらに蔵王山頂駅までロープウェイで登り、五十分ほどで熊野岳を目指すのだが、私はここから歩くことにする。

 イロハ沼や観松平をめぐりながらのんびり歩く。斎藤茂吉の記念碑もある。「陸奥の蔵王山並にゐる雲のひねもす動き春たつらしも」

 登山道は完全な遊歩道になっており、無粋な感じもする。平日の朝早くなので他の登山者にはほとんど会わない。静かな登山だ。ワサ小屋跡からは蔵王山頂駅からのルートと合流するので人が多くなる。雄大な雰囲気を味わう。吹きさらしの稜線だが、ケルンや棒の指導標がしつこいぐらいに設置してある。岩にはペンキが塗ってある。やがて一八四一メートルの熊野岳山頂に着く。ここはロープウェイの利用者であふれている。お釜をちょっと眺め、写真を撮って早々に下山する。

 下山中に集団で登ってきている人たちに会った。どうも全くロープウェイを利用せずに蔵王温泉から登ってきたらしい。昼前のイロハ沼は観光客であふれていた。樹氷高原駅の前で昼食にした。ここから携帯電話が通じた。

 一三時二〇分に蔵王温泉を出発するバスに乗ったが、午後二時頃から蔵王は大雨に見舞われて、川の水があふれ、旅館が浸水する騒ぎになった。後で思うと、危機一髪だった。

 この日に知人が蔵王山を縦走していた。苅田岳から熊野岳に登り、蔵王山麓駅まで歩いたとのこと。下山してすぐに「ヒョウが降ってきた」ということだ。

 蔵王は本当は奥が深い。坊平へ下山したり、南蔵王へ縦走したら楽しそうだ。


月山神社

立石寺


7月30日 月山
姥沢リフト(8:50)→牛首→(10:35)月山(11:00)→弥陀ヶ原→(12:45)月山八合目

 山形市から鶴岡市へ向かう高速バスに乗る。「月山口」というバス停で降り、えびすや旅館の人が迎えに来てくれる。志津温泉の宿は10軒ほど。静かな旅館街だ。ここの夕食は漬け物や山菜中心だった。群馬県出身の男性がアルバイトしていた。この人は冬はスキーのインストラクターをやっているそうだ。

 6時半に起きて7時に朝食。宿の車でリフトの駅まで送ってもらう。「月山の水」を買い、リフトに乗る。ここから歩き出す。湯殿山からの分岐の牛首までは木道の上だ。ニッコウキスゲの群落があるのでロープを張って保護してある。若者の集団が走るように登り、我々を追い越していく。私は反対側に下山するつもりなので、荷物が重い。ややあえぎながら登っていく。

 牛首から月山に登っていくと、鶴岡方面の展望が開ける。急坂を登ると鍛冶小屋に着く。鍛冶小屋は立派な店だ。休憩している人も多い。標高一九八四メートルの月山の頂上は神社になっている。拝観料五百円を払って参拝する。松尾芭蕉が登ったところだと思うとなかなか感慨が深い。

 休んでいたら突然知人のOさんが現れたのでびっくりした。昨夜福岡を出発して夜行列車に乗って今朝鶴岡に着いたという。そして私が降りる予定だった月山八合目から登ってきたというわけだ。この素晴らしい行動力には敬服した。姥沢方面に降りるつもりのようだったが、バスがないことを知って私と一緒に月山八合目に降りることになった。それでこの日の午後はOさんと二人で行動することになった。

 Oさんは足が速い。私は着いていくのにへーへー言っていた。ニッコウキスゲや黒百合を愛でながら降りていった。途中で鳥海山を眺めながら昼食にした。弥陀が原の湿原を周遊して、月山の自然を満喫した。月山八合目の売店で月山のTシャツを買った。

 ここからバスで鶴岡に向かい、羽黒山で途中下車。霊気に触れた後でタクシーで鶴岡に向かう。鶴岡駅前のジャスコで登山服を脱ぎ、楽な格好に着替える。鶴岡市は『知的生活の方法』の著者の渡部昇一の出身地だ。ここから山形市行きのバスに乗るが、道路工事やパレード等のために大幅に遅れてしまった。

 この後、斎藤茂吉記念館と山寺(立石寺)に立ち寄った。JR奥羽本線に「斎藤茂吉記念館前」という無人駅があり、山形駅から10分で着く。暑いが感じのいいところだった。山寺は『奥の細道』の「立石寺」で有名なところだ。実際に石段を登ってみたが、思っていたよりはきつくなかった。芭蕉記念館にも立ち寄った。『奥の細道』の中で山形県の占める位置は大きい。尾花沢も最上川もあるし、芭蕉が出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)に全て登っているというのもすごいことだ。

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