鳥取文学散歩−万葉集の旅−   
                                         1998年8月

          8月7日 本陣山

ホテルモナーク鳥取(11:00)→久松公園→県庁→樗谿神社→本陣山→樗谿神社→県庁→(16:00)ホテルモナーク鳥取

 隣の島根県の松江市には来たことがあるが、鳥取県に入るのは私は初めてである。出来れば鳥取県の名山である大山、氷ノ山、扇の山あたりに登りたいという希望を持って鳥取入りした。天候次第では山陰本線利用で京都の大江山もうかがっていた。この四つの山のうちで二つ登れたらいいなあと思っていた。ただ大山も大江山も鳥取市からはかなり遠いのが難点で、第一候補は氷ノ山、二番手は扇の山だった。

 七日の天気はあまりよくない。疲労がたまっていたこともあって、朝はゆっくりして、昼前から鳥取市内の山を散策することにした。鳥取市内や周辺には小さい山が多い。鳥取城跡の久松山、秀吉が鳥取城攻めの際に本陣を築いた本陣山、平和塔がある雁金山、百人一首の歌で有名な稲葉山などである。市内に山が多いということは鳥取市に着いて分かった。

 ホテルモナークから直接歩いて久松山に向かった。久松公園は城跡なので風情のあるところだ。ここから久松山に登ろうとしたら登山口付近で年輩の男性に会った。この登山道の整備をボランティアでなさっておられるとのこと。この久松山の話を色々と懇切丁寧に教えていただいた。久松山の名前の由来は「松平家が久しく栄えますように」とのことだ。秀吉の鳥取城攻めに頑強に抵抗した話などを興味深く聞かせていただいた。久松山は滑りやすいところもあったので登るのをやめて、隣の本陣山に登ることにした。

 途中で弁当を買って公園になっている樗谿神社で昼食。ここから全て舗装されている道を通って本陣山に向かう。距離は長いが傾斜は緩やかなのでのんびりと歩く。樗谿池の周辺ではジョギングしている人もいる。樗谿展望所からは氷ノ山や扇の山などが見える。本陣山の頂上はアンテナが立っている。ここでのんびりと休んでいた。久松山は二六三メートル、本陣山は二五二メートルの低山だが、天候が不安定で曇り空だったので、一日ゆっくりと楽しむことが出来た。もっと早く出発していたら雁金山にも登れたのでそれが残念だった。 


           8月8日 氷ノ山 

氷ノ山キャンプ場(8:10)→(9:20)氷の越(9:35)→(10:35)氷ノ山(10:45)→(11:30)氷の越(12:00)→氷ノ山キャンプ場(12:35)→(13:20)春米

 氷ノ山には以前から憧れていた。二百名山の一つだが、深田久弥が『日本百名山』後書きで中国地方で大山に次ぐ山として氷ノ山を挙げていた。福岡から夜行バスで鳥取まで来て登ることが可能だとか考えていた時期もあった。四時に起きてローソンで弁当を買い、JRから若桜鉄道を乗り継いで若桜駅で下車。タクシーで氷ノ山キャンプ場へ。タクシー代は三千五百円。氷ノ山キャンプ場は整備中で休業していたが、素晴らしい設備のオートキャンプ場だ。一度泊まってみたいと思った。ここで朝食の後、寝不足だったので一時間ほど休憩した。

 登山口を探して登り始める。初めはうっそうとした林の中を登る。昨夜の睡眠不足とこのところの運動不足のために調子がよくない。荷物が重く感じられる。大丈夫かなと重いながら登っていった。

 氷ノ越には立派な避難所があった。頑丈なもので宿泊もできる。ここからは見晴らしのよい平坦な尾根道で、兵庫県側のスキー場などを眺めながら歩いた。この尾根から氷ノ山の頂上までは鳥取県と兵庫県の県境になっている。登山道脇にはキノコが多かった。毛虫もよく見かけた。トンボの集団にも出逢った。

 氷ノ山の頂上には数名の登山者がいた。有名な山なのに登山者が少ないのは驚きだった。一日で二〇人も会っただろうか。おかげで静かな山旅は味わえた。頂上にも立派な避難小屋の施設がある。どちらも兵庫県が設置しているようだ。天気が下り坂との情報もあり、早々に下山する。氷ノ越で昼食にする。登りに七〇分かかったところを三五分で降りた。

 キャンプ場からさらに歩いて春米のバス停まで降りてきたが、適当なバスがなかったので、帰りもタクシーを呼んだ。運転手さんから氷ノ山で冬に遭難があった話も聞かせていただいた。若桜駅でも待ち時間があったのでのんびりしていた。若桜鉄道の旅も優雅なのんびりしたものだった。

 今年に入って満足のいく登山をしたのは、三月の国見山地の縦走以来だったのでとてもよかった。歩きながら、休みながら、待ちながら、電車の中で、色々なことを考えた。自分を取り戻し、自分を見つめる山旅になった。


              8月10日 稲葉山

宇倍神社(5:40)→稲葉山→(7:30)→宇倍神社→宮ノ下バス停

 百人一首に在原行平の作で「立ち別れ稲葉の山の峰に生うる松とし聞かば今かえり来む」という歌があるが、これが鳥取市郊外の稲葉山のことを詠んでいることに気づいたのは鳥取に来てからだった。行平は因幡国守を務めている。稲葉山は標高二四九メートルの低い山なので、短時間での登山が可能だ。それで早朝登山を試みることにした。

 5時に起床して鳥取駅でタクシーを拾い、国府町に向かう。タクシーの運転手さんは親切だった。宇倍神社で下車して、ここから歩く。ずっと車道歩きだった。頂上もはっきりしない。早朝から農作業をしている人や犬の散歩をしている人はいるが、静かなところだ。登山道の途中に在原行平の塚がある。往復2時間の道のりの後、下山後はバスで鳥取市内まで帰ってきた。

 12日に国府町の因幡万葉歴史館に行った。ここは宇倍神社から一キロしか離れていない。近くには因幡国庁跡もある。大伴家持も因幡国守を務めていた。因幡万葉歴史館には興味深い奈良時代の資料があり、面白かった。鳥取砂丘やわらべ館にも立ち寄ることが出来た。鳥取県は日本で人口が一番少ない県だが、自然は豊富だ。大山や扇の山にもまたいつか登りに来てみたい。鳥取市内でも駐車スペースが豊富なので、ここは車で来るのが便利なようだ。
 
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