親子で歩く信州文学・美術散歩
−2002年8月−


大王わさび農場でわさびソフトを食べる

 家族4人で信州を旅行した。私達夫婦は1987年9月15日に結婚した。新婚旅行は信州だった。大町温泉、美ヶ原温泉、蓼科温泉に宿泊した。安曇野でサイクリングを楽しんで、美ヶ原高原を散策し、霧ケ峰、白樺湖、諏訪湖を訪れた。その思い出の土地の再訪である。

 15年ぶりに美ヶ原高原の散策をすること、安曇野のサイクリング、入笠山登山などを考えていた。天気次第という面もあるので計画通りにはなかなかいかない。

 結果的には次のような行程になった。

【1日目】
安曇野サイクリング(大王わさび農場、穂高川、「早春賦」歌碑、碌山美術館)
美ヶ原温泉泊

【2日目】
美ヶ原温泉の芭蕉句碑
美ヶ原高原散策(美ヶ原高原美術館のピカソ展)
松本駅周辺観光

【3日目】
長峰山登山(でいだらぼっち池、東山魁夷記念碑)


広々とした大王わさび農場

1 安曇野大王わさび農場

 自転車で安曇野を周遊した。この農場は15年前にも来ているが、ずいぶん立派になっていた。

 大王わさび農場は多くの観光客で賑わっていた。わさびソフトやお焼きを味わう。わさび農場内には広い散策コースがある。

 この大王わさび農場の名称の由来である「八面大王」の伝説について書かれた案内板があった。大和朝廷の侵略と戦って敗れた魏石鬼八面大王の伝説が記されていた。

穂高川のほとりをサイクリング

(大王わさび農場のホームページ)

 全国統一を目指す大和朝廷が、東北に侵略するにあたり、信濃の国を足がかりに 沢山の貢物や無理難題を押し付け、住民を苦しめていました。 

 そんな住民を見るに見かねて安曇野の里に住んでいた魏石鬼八面大王は立ち上がり、坂上田村麻呂の率いる軍と一歩もひけをとることなく戦いました。最後は山鳥の尾羽で作った矢にあたり倒れてしまいました。

 しかしあまりにも強かったので、再び生き返ることのないように、大王の遺体は方々 に分けて埋められました。

 その胴体が埋められていたとされる塚が農場の中にあったことから、大王農場と名づけられました。そして塚は大王神社に祀られています。

 ここに佇む八面大王は、大王農場の守護神でもあり、安曇野を守った、勇士でもあります。

 彼の中に潜む強靭でありながら、人を愛する温かい心は、大王農場を訪れるすべての人々の中にきっと伝わっていくことでしょう。

 涙を誘う内容だが、帰ったあとでインターネットで検索すると、穂高町のホームページに次のようなものがあった。

きれいな穂高川

(穂高町ホームページ)

 有明山の麓の宮城に五龍山明王院と言う不動堂がある。堂の東北100メートばかりの所に奥行五米くらいの岩窟がある。三方を大岩でかこみ、高さ横共に二米、蓋石六米に余る大岩で作ったものである。この岩屋に魏石鬼八面大王という大鬼が住み、まわりの小岩屋には家来の小鬼が住んでいた。桓武天皇のころ、魏石鬼は有明山に登って中房温泉を見おろし、「これ吾が住むべき地なり」と言い、自ら八面大王と称して部下を集めて岩屋を作ったと言う。この鬼は、魔力をもって雲を起したり、霧を降らしたり、天地を飛びあるいたりして、村里に出ては財宝を盗み、婦女をさらい、神社仏閣を破壊し、いたずらのしほうだいをして信濃の村々の人々を困らせていた。

 延長10年、坂上田村麻呂は信濃に来て人々の困るを聞き、鬼賊退治の計画をたてゝ矢原荘に陣地をつくって攻めたが、思うようにならなかったので、さらに川会の吉祥地に移して攻め寄せた。しかし、なかなか強くて数回攻めたが討つことができない。そこで、田村麻呂は信濃の神社・仏閣に鬼賊退治の祈願をしたところ、ある夜筑摩八幡が夢枕に立ち、「山鳥の三三節の尾羽で作った矢をつかえばかならず鬼賎を討つことが出来る」とお告げがあったので、田村麻呂は信濃の国中に命令して山鳥の尾羽の長いのを求めた。 また一説には、栗尾山の観音堂に詣でゝ鬼賊退治の祈額をするため山籠してお願いしたところ、満願の夜霊夢によって山鳥の尾を用いることのお告げがあったので、満願寺と言うとの説もある。矢村に住んでいた弥助という若者が、この山鳥の尾を手に入れて献上したので、田村麻呂は軍を合戦沢(燕岳登山道)に進めて大いに戦い、山鳥の尾の矢を用いたところ、魏石鬼は傷つき戦に敗れて降参した。そこで、田村麻呂は家来の小鬼共をみな捕えて殺したが、これを完全な四肢のまゝ、葬れば生き返ると言うので、五体を切り分け別々な場所へ葬った。すなわち、頭を埋めたのは筑摩八幡の首塚、耳を埋めたのが耳塚(穂高町有明)、脚を埋めたのが立足(同前)であると言う。


早春賦の碑

 まったく正反対の記述である。古事記日本書紀の視点にたつのは後者の方だが、このことについて詳しく考察しているホームページを見つけた。この関連で八女の岩戸山古墳が登場したのでびっくりした。安曇野と筑紫野国造磐井の反乱とが関連付けられていた。


西洋風の碌山美術館

2 「早春賦」

大王わさび農場を後にして、穂高川に沿ってのサイクリング。気持ちがいいとしか言いようのない素晴らしいコースだった。この川沿いに「早春賦」の歌碑がある。

春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
ときにあらずと 声もたてず
ときにあらずと 声もたてず

 作詞の吉丸一昌(1873〜1916)は、信州を好み滞在していたこともあり、安雲野の雪どけ風景を詠ったものと言われているそうだ。このたびの季節は夏だが、秋の気配が感じられていた。そう言えば長野県の学校は既に夏休みが終わり、新学期が始まっていた。冬は寒いので冬休みを長く取るのだろう。 


碌山美術館

3 碌山美術館(高村光太郎)

 碌山美術館に立ち寄る。穂高町出身の彫刻家、荻原碌山の作品を収めた美術館だ。レンガ造りの教会風の建物の雰囲気がとてもいい。親交があった高村光太郎の詩碑もあった。この美術館は入館料が大人700円子供150円と家族連れにはありがたい料金になっていて好感が持てた。

碌山美術館の高村光太郎詩碑

4 美ヶ原温泉(松尾芭蕉)

 美ヶ原温泉は静かな温泉街だ。早朝にななちゃんとふたりで散歩したが、松尾芭蕉の句碑があった。芭蕉がここに立ち寄ったという記録はないようだが、立派な句碑だった。

旅人とわが名呼ばれん初しぐれ

 泊まった美ヶ原温泉和泉屋のロビーはいい雰囲気だった。書棚に長野県文学全集などが並んでいる。このなかでモーニングコーヒーを楽しむことができた。


美ヶ原温泉和泉屋ロビー

5 美ヶ原高原美術館(ピカソ)

 立派な美術館だった。野外美術館だが、霧に覆われていて全体像がつかめない。屋内の絵画館ではピカソ展が開かれていた。バスの時間の都合で短時間しか鑑賞できなかったのが残念だ。ビーナスラインをマイカーで走ってきた人たちであふれていた。私たちはガスに覆われた美ヶ原高原を歩き通してたどり着いたので、感慨深い美術館になった。

美ヶ原温泉の芭蕉句碑

(美ヶ原高原美術館のホームページ)

 ビーナスラインの無料化を記念して、絵画館を会場に日本でもっとも馴染みが深く、親しまれている天才芸術家、ピカソの作品展を開催いたします。

 パブロ・ピカソ(1881〜1973)は、スペイン南部の港町マラガに生まれ、幼少の頃から卓越した画才を発揮しました。好奇心、探求心の旺盛なピカソは、絵画だけにとどまらず様々な芸術分野に挑戦。それまでの様式にとらわれない独自の表現を確立して、20世紀美術に多大な足跡を残しました。ピカソの作品といえば、“難解”、それと裏腹に“子供でも描ける”というのが一般のイメージでしょうが、晩年には「ようやく子供のような絵が描けるようになった。ここまでくるのに随分長い時間かかったものだ」という言葉を残しています。まさに「こどものような」というのはピカソ自身の意図するところだったのです。

 この展覧会では、油彩画をはじめ、水彩、素描、版画、シルヴァーコンポート、タピスリー、陶芸など様々な分野から、子供にかえったような純粋な心で制作された1930年代以降の作品を中心に、80点あまりを展示、紹介します。

 ピカソ自身が心から制作を楽しんだように、“創造の喜び”を感じていただければと願っています。

美ヶ原高原美術館のピカソ展

6 長峰山

 標高933メートルの山だが、この山は北アルプスの展望台として知られている。1970年に東山魁夷、川端康成、井上靖の3人が一同に会し、川端康成は「残したい静けさ、美しさ」と絶賛して、安曇野の心打つ風景と文化を熱く語り合ったということである。

 山頂には立派な展望台やベンチ、東山魁夷の記念碑がある。のんびりと過ごしたいところだ。

 ここからの展望は本当に素晴らしい。白馬岳など北アルプスの山々が見事に見えた。安曇野の風景も眼前に見渡すことができた。

 松本から明科駅まで篠の井線で10分、明科駅から2時間も歩くと長峰山頂に達する。お手軽なハイキングコースだ。私たちはタクシーを利用したりして、往復2時間あまりしか歩いていないが、気持ちのよいハイキングコースだった。歩いている途中でクワガタムシも見つけた。


長峰山頂の東山魁夷記念碑

7 でいらぼっち池

 ここは巨人伝説の「でいらぼっち」が座った、お尻の跡が水たまりになった池だと言われている。松林の中に芝を敷き詰めて「長峰山いこいの広場」がつくられている。とても落ち着いた場所で、ゆっくりしていたくなるようなところだった。

 「でいらぼっち」と呼ばれる巨人の伝説はあちこちにある。「だいだらぼっち」という呼び名の方を私は記憶している。子供のころ読んだ『ゲゲゲの鬼太郎』にだいだらぼっちの話があった。

でいらぼっち池

8 改造社書店

 私は旅行に出かけてその土地のローカルな本を買い求めるのが好きだ。山のガイドブックや文学散歩に関するものが多い。松本駅の3階の改造社書店には信州の本のコーナーがあり、そこで色々な本を買った。碌山美術館も美ヶ原高原美術館にもいい本があった。ななちゃんは岩崎ちひろの本やピカソの本を買っていた。

『信州日帰りハイキング』(信濃毎日新聞社)
   この本のおかげで長峰山に登ることになった。
『花の美ヶ原高原』(ほおずき書籍)
   美ヶ原の季節折々の花の写真が掲載されている。
『松本・安曇野・美ヶ原・霧ケ峰・ビーナスライン』(山岳観光社)
   今回旅行したところのきれいな写真が掲載されている。
『新版信州美術館散歩』(信濃毎日新聞社)
   信州の美術館の解説書。碌山美術館などの説明がある。
『光太郎と智恵子』(新潮社)
   碌山美術館には高村光太郎の詩碑がある。

大王わさび農場のホームページ         穂高町のホームページ
碌山美術館のホームページ         美ヶ原温泉のホームページ
美ヶ原高原美術館のホームページ


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