発心山  697メートル

稜線からの眺望を楽しむ耳納連山『漱石の道』

久留米市草野町発心公園の句碑  耳納連山は高良山(312M)から、兜山(317M)、発心山(697M)、鷹取山(802M)へと西から東に長く連なっている。稜線上の展望はなかなかのものである。明治三〇年三月に当時熊本の第五高等学校教授だった夏目漱石は久留米を訪れて、御井町から高良山に登り、発心山を経て、草野町に降りている。この時の経験をもとに「山道を登りながらこう考えた。」の小説『草枕』が生まれた。

 この一四キロの道を久留米市商工部観光振興課では「漱石の道」と名づけて整備し、句碑を建立している。この道を漱石が歩いた道の逆コースでたどってみよう。
発心山から西へ400mのところの句碑 JR久大線の草野駅か西鉄バスの草野上町バス停で下車する。車の場合は桜の名所の発心公園の駐車場を利用する。発心公園には漱石句碑がある。「松をもて囲ひし谷の桜かな」

 登山道の要所には指導標があるので迷うことはないが、登りはじめは林道が入り組んでいて分かりにくい所もある。

 林の中の道を登っていくと蔵跡と呼ばれる開けたところに出る。ここは尾根ルートと横岩ルートの分岐点である。尾根ルートの方が登りやすい。傾斜がきつくなり、部分的には痩せ尾根の急な登りもあるが、登り切ると久留米方面の展望が開けてくる。発心山の山頂はどこだかはっきりしない。耳納スカイラインが頂上近くを走っていて無粋だ。
高良山から東に700mのところの句碑  発心山頂から高良山へ向かって西へ進む。四百メートルほど行くと漱石句碑がある。「濃かに弥生の雲の流れけり」
 ここからはひたすら車道を歩くが、左右に自然歩道もつけられている。スカイラインからは八女方面が絶景だ。道半ばの紫雲台の東屋で弁当を開くとよい。

 兜山を経て高良山に近づくと三カ所の漱石句碑がある。「筑後路や丸い山吹く春の風」「人に逢わず雨ふる山の花盛」「菜の花の遥かに黄なり筑後川」
高良山頂の句碑
 ツツジの名所の高良山森林公園には売店がある。ここで久留米市発行の『耳納連山自然歩道ガイド』を購入してみよう。この山域の奥深さが分かること請け合いである。 下山は御井町方面でも追分方面でもよい。帰りのバスの本数は多い。王子宮から追分に降りると、麓にも漱石句碑があるので寄っていこう。「親方と呼びかけられし毛布哉」

【タイム】
草野駅(十分)発心公園(百二十分)発心山(百八十分)高良山(五十分)追分バス停

▼2万5000図=草野・久留米
▼「漱石の道」の縦走にはJR久大線の利用もいいが、車の場合はタクシー利用で出発地に戻ってもよい。
▼熊本の「漱石の道」も歩いてみたい。平成八年は漱石が熊本にやってきた明治二九年から百周年ということで、熊本では様々な催しが行われた。この時に、この熊本市から小天までのルートも整備されている。

■ 書店に行くと山に関するコーナーが広いのに気づく。登山のためのガイドブックのほか、山に登って感じたことを記した随想風の文章も多い。NHKで放映された作家深田久弥の『日本百名山』は、山のガイドではなく、まさに文学作品である。山に登る人だけでなく、山に憧れている人にもぜひ一読をお勧めしたい。たくさんの山を登るだけでなく、一つ一つの山を深く味わって欲しい。 ■ 山を愛する人たちの中には、その思いをエッセイ風の文章につづっている人が多い。朝日新聞からは文庫本で深田久弥『日本百名山』などが出ている。地元の出版社の海鳥社、葦書房などからも様々な本が出版されている。福岡山の会の会報「せふり」にもそんな山への思いを描いた原稿がたくさん寄せられている。山に登れない雨の日に、こういう本を片手に、あれこれ考えるのはなかなか楽しいものである。
■ 宝満山の七合目の中宮跡の直下に松尾芭蕉の句碑がある。「世の人の見つけぬ花や軒の栗」という句である。芭蕉は九州に足を踏み入れたことはない。九州へ向かう旅の途中で大坂で死去している。山中や麓にはこのような文学碑がたくさんあるので、たどってみると面白いだろう。耳納連山の縦走路や麓の久留米市山川町、草野町には計六カ所に夏目漱石の句碑がある。近年、久留米市が整備したものである。 ■ 夏目漱石は明治三〇年の暮れに熊本市の岳林寺から峠の茶屋を経て、小天まで歩いている。この時の経験が小説『草枕』の素材になった。この一六キロのコースは一度は歩いてみたい。ところで『草枕』の季節は春だが、漱石の小天旅行は冬のことなので、『草枕』の情景は明治三〇年三月に漱石が耳納連山を歩いた時の体験からとられているというのが定説だ。二つの体験が作者の中で昇華されて作品が生まれた。


百名山さんの「漱石の道」縦走レポート


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