長谷山           〜福岡県碓井町〜

                一九九九年一〇月二四日(日) 長谷山 ヨシキ・ユリ
碓井中(10:30)→長谷山登山口(11:20)→(11:55)長谷山(12:35)→長谷山登山口(12:50)→(13:30)碓井中

 甘木市持丸のふっくんから嘉穂郡の長谷山のことは伺っていた。「ファミリーハイクに最適の山」だという。これは海鳥社から出ている『筑豊を歩く』にも記載されていた。標高三一一メートルで、嘉穂工業高校の近くから登るらしい。一時間ほどで登れるということで、子連れには手頃なコースだ。天気のよい日曜日にヨシキ・ユリを伴って出かけることにした。

 甘木を九時過ぎに出発。エブリワンで弁当を買う。古処山に向かい、八丁越の坂を登る。道がくねくねしているのでヨシキ・ユリは気分が悪くなったと言っていた。この車の中でヨシキとユリは立石小学校の校歌の替え歌を「大平山にのぼれない」と歌っていた。先日大平山が登山禁止になっていて、登山口まで行ったのに登れなかったことを悔しがっていた。

 嘉穂町から碓井町に入り、登山口の碓井中学校を探す。碓井町では秋祭りが行われていた。 碓井中学校のすぐ先に「長谷山登山口」の標示があり、ここに駐車して歩き始める。思ったよりも車道が長い。これでいいのかなと迷うが、時折「長谷山登山道」の朽ち果てた標識があるし、山に向かって登っていく車道なのでどんどん登っていった。しかしヨシキが面白くなさそうにしているので、かわいそうだ。

 やがて車道が下りになるとすぐに「長谷山登山口」の標識があり、山道になる。ここからいよいよ本番だ。最初はいきなりの急登。ロープもあり、用心しないと危険なところだ。ヨシキは英彦山にも登っているので、心配なかった。ユリは大丈夫だろうかと案じたが、怖がりながらもファイト満々で登っていった。そこを乗り切ると後は平坦な道。やがて広々とした草原に出る。ここが長谷山の頂上だ。展望がとてもよい。古処山・馬見山の展望がいいし、筑豊地区全体が見渡せるような感じだ。この山は嘉穂町と碓井町との境界線をなしているようだ。

 頂上には「長谷城跡」の碑があった。中世の山城跡のようだ。鯉のぼりもひるがえっていた。また木にブランコやロープがぶら下げてあり、ヨシキとユリはこれで楽しく遊んでいた。ベンチもたくさん設置してあり、何組かの家族連れで賑わっていた。長谷山からパラグライダーで飛行しようとしている人もいた。風を待っていたが、なかなか風が吹かないので実際に飛び立つ場面にはお目にかかれなかった。

 ここで食事をしようとしたら、弁当のはしがない。エブリワンの人が入れ忘れている。三人のリュックを漁ったが、どこにもない。これは困ったことになった。ユリは「エブリワンのバカ」と叫び、ヨシキは「僕はエブリワンに文句を言いにいく」と言っている。仕方がないので下山後に昼食をとることにした。

 下山は早かった。登りの難所も慎重に降りれば大したことはない。一五分で車道に出て、のんびりと下った。車に帰り着き、碓井町のセブンイレブンではしを買い、適当な場所を見つけて弁当を食べた。午後二時近くになり、飢えていたのでおいしかった。

 この後、ヨシキ・ユリの要望もあり、英彦山温泉シャクナゲ荘に向かった。嘉穂町から小石原に向かう道路を走った。シャクナゲ荘で全身を洗い、ヨシキとユリは室内のトレーニングルームで遊んでいた。
 このところ、ヨシキ・ユリとの登山は過去に登った高良山などに繰り返し登ることが多かった。久しぶりに未知の山に登ったことはよかった。筑豊地区にも岩石山など比較的手軽に登れるらしい山はある。冬場にかけてこれぐらいの山にどんどん登っていこうと思う。                             

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