天山           〜佐賀県小城町〜

         一九九九年八月一三日(金) 天山 読書会(ななちゃん・ヨシキ・ユリ)
     天山神社上宮(11:30)→あめ山→(12:35)天山(13:40)→(14:10)天山神社上宮

 読書会の合宿に参加するのは二年ぶりである。読書会ではこれまで九重・別府方面に出かけることが多かったが、今回は佐賀の古湯温泉に泊まることになった。登山は佐賀県の名山の天山である。標高が一〇四六メートルということで、佐賀県ではかなり高い山である。私は登山を始めた昭和六三年三月にこの山に一人で登った。それ以来だから、一一年ぶりになる。

 家族四人で参加する。甘木インターから高速道路に入り、佐賀に向かう。金立サービスエリアに集合。今回の参加者は村上一朗夫妻、坂口博さん、もろさん・サクタ君父子、タナカさん、イさんとわが家四人の合わせて、一一名である。佐賀大和インターで降りて、天山の登山口に向かう。林道が長いので運転には閉口した。                           

広々とした天山山頂

   広い駐車場に車を止めて歩き出す。天山神社の上宮に参拝する。真夏なので蒸し暑く、快適とは言いがたい。天山とあめ山の分岐に来て休憩する。ここからは二つの山がはっきりと見える。あめ山に登ろうと言うとヨシキ・ユリが嫌がっている。この二人は今日はあまり調子がよくないようだ。母親がなだめて、あめ山に登り、そして天山にも登った。

 天山の頂上は広々としている。ここで昼食。しばし昼寝の時間になる。私は広い草原を歩き回っていた。下山は一気に降りる。

 雄淵雌淵という渓谷に立ち寄って、古湯温泉に向かう。ここに泊まるのは私は初めてだ。斎藤茂吉の記念碑もある。宿の食事はおいしかった。この夜は島尾敏雄『死の棘』を題材にした読書会が行われた。モロさんのレポートは面白かった。高校生になったサクタ君が参加していたが、この親子関係は見ていて興味深かった。ほほえましい父と子の関係だ。翌朝は早く起きてヨシキ・ユリを連れて散歩した。なかなか気持ちのいいところだった。
 この合宿中に福岡山の会の遭難のことも話題になった。遭難した三人のうち、スギヤマヒロさんには岩登りや沢登りでお世話になったことがある。私にとっても衝撃だった。テレビや新聞で何度も報道され、山の会関係者の沈痛な表情がテレビに映し出されていた。ハイキングばかりで冬山や海外遠征には無縁の登山を続けている私が六年間に渡って福岡山の会に所属していることの縁を思う。

九月一九日には福岡市で「お別れ会」が開かれた。私も参加したが、私の顔見知りの会員はほとんど出席されていたように思う。荘厳な会だった。

 九月一八日に原鶴温泉清香荘で『阿吽』の座談会が開かれた。メンバーは村上一朗さん、モロさん、坂口博さん、私の四名である。この日の昼間に村上さんたちは高良山から兜山を歩かれている。私は仕事の都合で夜からの参加になった。『阿吽』最後の座談会ということで、熊本時代の夏目漱石の耳納連山縦走などを話の枕にして、村上一朗さんを軸に活発な会話が展開された。

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