大根地山           〜福岡県筑紫野市〜

          一九九七年二月九日(日) 大根地山 ヨシキ・ユリ
       香園登山口・車止め(10:15)→(11:45)大根地山(12:50)→(13:40)冷水峠  

 ヨシキ・ユリと大根地山に登ることにした。大根地山には私は以前よく登っていた。しのさんと登ったこともある。三年四カ月前の平成五年一〇月一七日に登ったのが最後になっている。天気はとてもいいらしい。最高気温が一四度との予報だ。九時半に家を出る。大根地山に登って、その後で太宰府の梅林アスレチックスポーツ公園で遊ぶ計画だ。

 太宰府の吉木から宝満山の南側の道路を走る。本導寺バス停の次が香園バス停だ。「大根地神社」の看板が大きく出ている。そこから狭い道を運転する。ところが車止めの柵があり、駐車場が設けられていた。以前はもっと奥まで車で入ることができたが、一五分ほどの林道歩きを強いられることになってしまった。これはしまったと思った。
                     

大根地山頂
 とにかく歩き出す。整備が進んでいて、結構長い車道歩きになった。登山道に入るとホッとする。急なところや道が狭くてふざけると危険なところもある。道が荒れてきているのではないかと思われた。大根地神社の近くまで来ると日陰に雪が残っていて滑りやすいところもある。ヨシキはそれでも元気に進んでいくが、ユリは手を引いてやらなくてはいけない。近くにいた人の助けも借りて、なんとか乗り切った。

 大根地神社から山頂までは一〇分ほど。明るい尾根道だ。途中の草原で弁当を食べている人を見てヨシキは「僕たちもあそこで食べたい。何で歩かなくてはいけないのか。」と言う。しかしユリは元気を取り戻して「ユリちゃんは頂上で食べたい。」と言う。

 歩き出して九〇分で頂上着。ヨシキとユリの二人を私が連れた登山としてはこれまでで最もハードな時間になった。標高六五二メートルの大根地山の山頂はぽかぽか陽気で気持ちがいい。展望も抜群だ。春霞がかかっているような感じすらする。ここで昼食にする。中村屋のおにぎりを五個買ってきたが、ヨシキとユリが紫蘇梅と鰹を二個ずつ食べたので、私はメンタイ一個だけになった。日清ラ王ラーメンとサンポー焼き豚ラーメンを作って食べる。食後のココアがおいしい。
 頂上で写真撮影をする。「大根地山」の標柱にジャンバーを掛けて弁当を食べている人がいた。登りやすい山なので マナーの悪い人もいる。車でも登れるから仕方ないだろう。大根地神社に参拝した。ヨシキとユリは御賽銭を上げて手を合わせていた。今日は参拝客が多い。売店も賑わっていた。
 香園方面への下山はあきらめて、車道歩きの冷水峠に降りることにした。アスファルト道なので歩くのは楽だが、ユリはよく転んで泣いていた。こちらのコースは家族連れが多かった。ヨシキやユリぐらいの子も見かけた。

 冷水峠に下山したが、電話もないのでタクシーを呼ぶこともできない。どうしようか悩んでいたが、冷水峠に下山してきた中年の御夫婦に頼んで相乗りさせてもらった。親切な御夫婦でなんと車を置いた登山口まで連れていってくれた。親切な方だった。空港の近くに住んであるらしい。夫婦で近郊の低山を歩かれているようだ。今日大根地神社が賑わっていたのは「初午」の日だからだということも伺った。

 下山後に太宰府の梅林アスレチックスポーツ公園に行った。宝満山登山口のかまど神社の近くだ。広々とした公園で二時間ほど楽しく遊んだ。夜須高原記念の森に似た施設だが、ここに来ている人たちは福岡都市圏の人なので、服装や言葉遣いがあか抜けている感じがした。

 博多マミークラブ編集の『子供と出かける福岡遊び場ガイド』は便利だ。これを利用して、この梅林アスレチックスポーツ公園や久留米鳥類センターには出かけた。山と遊びとをミックスする作戦は今のところ成功している。ヨシキが「お父さんはどうして遊びに行くときには必ず山にいくとね。」と言っているが、別に不満を言っているわけではない。

 熊本の高校時代の同級生から葉書をもらった。五人の子供と精力的に家族登山を続けているとの由。登った山の数が一四〇山を越えているというのはすごい。私の場合は高良山や金峰山に繰り返し登っていることもあって、ヨシキ・ユリと登った山はまだ一三山だ。『阿吽』を差し上げたところ、「登山記」を頂いた。登山の様子をイラスト風にまとめたものだ。これは素晴らしいものだと思う。イラストが描ける人は尊敬する。子供を五人も産んでいるというのもすごいが、下の二人は六歳の男児と四歳の女児でうちと同じだ。この「画文集」は葦書房か海鳥社あたりから出版できないものだろうかと思った。 

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