「夏目漱石句碑めぐり」報告
                          1996年3月27日

久留米市草野町発心公園の句碑  私が勤務する職場の職員七名で夏目漱石句碑めぐりをしようということになった。大石實さんの研究によれば福岡県内には夏目漱石の句碑は一〇箇所ある。大分自動車道の碑、二日市温泉の碑、船小屋温泉の碑を除く七つは耳納連山の周辺にある。このうち発心山頂の碑は外して残りの六つの碑を回ることにした。

 一〇時に吉井町中央公民館集合。一〇分ほど早く着いたので吉井町歴史資料館を見学した。いま吉井は「ちくご吉井おひな様めぐり」の最中なのだ。一〇時五分までには全員集合。ここの句碑をまず見学する。
高良山から東に700mのところの句碑   なつかしむ衾に聞くや馬の鈴

 ここの句碑の解説には「夏目漱石明治三二年正月三日来泊」とある。漱石が山川町追分を通るのが七日なので吉井泊は六日だろうと考えられる。このことは大石先生の研究で知った。

 写真撮影。句碑の写真はこれまでに何枚も撮っているが、人間が入っている方が写真にも風情が加わる。「なにが『なつかしい』のだろうか」という疑問も出た。

 次の目的地は草野町発心公園の句碑だ。明治三〇年三月、夏目漱石は菅虎雄を久留米に訪ねた折りに高良山から発心山まで歩いて、発心公園に降りている。

  松をもて囲ひし谷の桜かな

 草野町に休憩するのに適当な茶屋があるから寄ってみようという声もあったが、時間と天気の都合もあり、先を急ぐ。午前中曇りだが、午後から雨になるとの予報だった。肉などの食材を仕入れて山川町追分の句碑に向かう。ここの句碑は明治三二年正月に吉井に泊まった後で七日に山川町を通っている。その時の句である。この句の情景は後に『坊っちゃん』で利用されているそうだ。

  親方と呼びかけられし毛布哉

 王子宮に駐車して、高良山に向かって登山開始。三〇分ほど歩いて高良山森林公園到着。ここまでは雨にならなかった。

 高良山頂には漱石句碑が三箇所あるが、歩いていけるところは一箇所である。ここにまず向かう。
  菜の花の遥かに黄なり筑後川

 この句碑を見た後で食事にする。高良山の売店が開いていなかったので、売店のテーブルを借用することにする。先ほど仕入れた肉や野菜を焼く。楽しいバーベキューになった。その後で高良山頂から一キロほど離れている二つの句碑を見に行く。

  人に逢わず雨降る山の花盛
  筑後路や丸い山吹く春の風

 これで本日の句碑めぐりは終了した。この後草野町まで戻って、先ほど目を付けていた茶屋で休憩する。ここは夏目漱石句碑めぐりの最後を飾るにふさわしい風情のある茶屋だった。峠の茶屋公園の「漱石ばあさん」に匹敵するようなおばあさんがいた。ここで写真を撮って解散になった。

 この余勢を駆って、二日後の三月二九日に熊本市内の漱石めぐりをした。由幾・百合と一緒である。最初に玉名郡天水町小天の那古井館に行った。中で記念写真を撮った。この日は那古井館は空いていた。是非いつか泊まってみたい。次に熊本市内坪井の漱石旧居に寄った。ここは漱石記念館になっている。資料も豊富でいいところだったが、由幾と百合が中を走り回るので早々に退散せざるを得なかった。ここは改めてゆっくり行ってみたい。その次に高校時代の恩師である岩本税先生宅を訪問して、一緒に熊本大学構内の漱石記念碑を見学した。漱石が講義して、「三四郎」が学んだとされる赤煉瓦の校舎の前で記念撮影。由幾・百合は将来熊本大学に入れるだろうか。雨の一日を利用したよい文学散歩だった。

 漱石が五高教授として熊本市にやってきて、今年でちょうど一〇〇年になる。それで熊本市では記念行事が目白押しである。一〇月九日から二〇日まで鶴屋百貨店で「夏目漱石展」が開かれる。ちなみに今年は宮沢賢治生誕一〇〇周年でもある。                                  

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