阿蘇烏帽子岳           〜熊本県阿蘇郡長陽村〜

               一九九五年七月二日(日) 阿蘇烏帽子岳 読書会
            草千里(13:25)→(14:10)烏帽子岳(14:25)→(15:20)草千里

 読書会夏山合宿の下見に出かけた。メンバーは村上一朗さん、モロさん、坂口博さん、カネヤマさん、タナカさん、私の六人である。産山の太平の上に泊まった。南登山口からの久住山登山を計画していたが、天気が悪いので中止になった。

 夏目漱石の『二百十日』にちなんだ文学散歩をすることになり、阿蘇に向かった。『西日本文学碑の旅』(西日本新聞社)に阿蘇坊中キャンプ場の『二百十日』記念碑のことが載っていたので、ここを訪ねてみることにした。ところがなかなか見つからない。通りがかりの人に尋ねてみて、キャンプ場の片隅の草ぼうぼうの空き地にひっそりと立っている記念碑を見つけた。

 『二百十日』は『草枕』とならんで夏目漱石の熊本生活の体験がもとになっている。夏目漱石は実際に阿蘇登山を行っている。『二百十日』の圭さんと碌さんの二人は内牧温泉から出発して阿蘇神社に参拝して昼過ぎから阿蘇山を目指している。今から思えば「早立ち」という登山のセオリーを無視したかなりのんびりした登山である。

 ただ『二百十日』の中味から考えると、ここに記念碑があることには疑問もある。地理的にはここは阿蘇山の麓である。もっと上の方にあるのが自然である。ここは本当に圭さんと碌さんが落ち込んだ谷だろうか疑わしい。『西日本文学碑の旅』の福島次郎氏の文章によれば、熊本県には夏目漱石の文学碑が四箇所ある。熊本大学構内の碑、小天温泉の碑、内牧温泉山王閣の碑とこの『二百十日』の碑である。この四つの中でここがなぜこんなに大切にされていないのか、信憑性に乏しいからではないか。

 草千里のレストハウスで昼食。天気予報の割には雨が降らない。晴れてはいないしガスが深いが、短時間の登山なら出来そうにも思える。草千里からは杵島岳と烏帽子岳に登れる。どちらも四十分か五十分で登頂できる。天気が悪いので階段沿いの杵島岳の方が安全だと私は考えたが、それでは面白くないということで烏帽子岳に登ることになった。足を傷めている金山さんを車に残して五人で出発した。

 最初から強い風に吹き付けられる。視界があまりきかないので不安がある。ただ上りでは草千里のレストハウスが見えているので不安は少ない。稜線伝いに登る。道はしっかりついているので歩きやすい。やがて頂上に着く。ガスが深いので晴れるまで待って写真撮影をしようとした。山頂で休憩しているうちに男女の二人組が登ってきてすぐに降りていった。十五分ほど待っているうちに雨が降り出してきたので下山することになった。

 ガスが深くなってきた。下山時に道を間違って急坂を降りる羽目になったが、そこは絶壁のようなところだった。危険な岩場もあったので、結局いったん降りた急坂を登ることになった。

 草千里の駐車場にたどり着いた時には約束の午後三時を過ぎていた。三時までに帰らなければ捜索願を出してほしいとカネヤマさんに頼んでいたが、カネヤマさんは車の中でお昼寝中だった。

 烏帽子岳と杵島岳は天気がよければいい山だ。大人の足で四〇分から五〇分で登れるから由幾や百合と来るには都合がいい。今後のファミリー登山の舞台にしたい。
                                              

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