古処山           〜福岡県甘木市/嘉穂郡嘉穂町〜

            一九九四年七月九日(土) 古処山 ヨシキ
秋月登山口(8:50)→(10:15)中腹駐車場(10:30)→(10:40)沢(11:30)→(12:50)秋月登山口

 ヨシキは先月で四歳になった。高良山などに難なく登れるようになったのでグレードアップをはかることにした。あれこれ考えたがアプローチが短い古処山に挑むことにした。ヨシキは標準コースタイムの二倍の時間がかかる。古処山登頂には往復五時間以上はかかると思われる。途中まででもやれるだけやってみようと考えて出かけてみた。

 暑い日なので涼感のある登山になった。古処山には水が多いということを改めて実感した。中腹の駐車場までに「危険箇所」が二ヶ所あった。ヨシキは怖がっていた。数多く訪れている古処山だが、ヨシキとゆっくり歩いてみると違った発見がある。何十回登っても知り尽くすということは有り得ない。
犬を連れた登山者に出会ったが、ヨシキは犬を怖がっていた。蜘蛛の巣が張っているところもあったが蜘蛛の糸をヨシキは怖がっていた。今日は「足が痛い」ということばを連発していた。

 ヨシキにとって古処山の魅力は中腹の駐車場直下の沢と頂上に置かれているジュースだ。私はヨシキに「古処山には川にジュースが流れている」と話していた。ヨシキは沢を見るたびにジュースはないかと探している。一時間半ほどかかって駐車場直下の沢に着いたときにはヨシキは大喜びだった。ジュースを拾って飲んだ。もちろんお金は払った。こういう山の中のジュースは普段の登山では無粋な風景だが、ファミリー登山者にとっては子供を引き付ける格好の役割を果たしている。

 さらに登ると休憩によさそうな沢がある。出発して二時間近くになった。ヨシキが「お弁当にしよう」と言うので食事にした。中村屋のお握りやキャラメルなどを食べた。食事を終えるとヨシキはまだ登る気でいる。ただ眠たそうでもある。どうしようか迷ったが、先がまだまだ長いこともあり、今日は引き返すことにした。下りも案外時間がかかった。車の中でヨシキは「ソフトクリームが食べたい」と言い続けながら眠りこんでしまった。

 登頂はできなかったが満足のいく登山だった。古処山にはこれから段階を踏んで挑戦する。次回は水舟までを目標にしよう。水の多い古処山は今年のような猛暑の夏には避暑に最適の山だ。夏休みにヨシキと一、二回は来てみようと思う。できれば秋までにはヨシキと古処山に登頂したい。

 このところ晴天が続いている。登山には都合がいいが一六年ぶりの渇水の恐れが出てきている。この翌日にヨシキとユリを連れて甘木水の文化村に行った。そこで「地球は水の惑星、水を大切にしよう」という内容の映画を見た。その中であの一九七八年の福岡大渇水の模様が描かれていてタイムリーだった。このあとでヨシキは「僕たち地球の水を守るっちゃん」などと言っている。
  

水舟で休むヨシキ  8/12
 
   一九九四年八月一二日(金) 古処山 ヨシキ  
秋月登山口(9:15)→(10:15)林道駐車場(10:25)→(11:25)水舟(12:15)→(13:05)林道駐車場(13:15)→(14:05)秋月登山口

 ヨシキと二度目の古処山登山。中腹の林道駐車場の上の沢までしか行けなかった前回から四〇日ほどしかたっていない。どこまでやれるか不安だったが、このところとにかく暑い。夏山としては水のある古処山が涼しくていいというので再び古処山に登ることにした。しかしヨシキはあまり山に行く気はなさそうだ。「今日は水の文化村に行く」などと当日の朝も言っていた。今日は駄目かなあと心配していた。
 ところが実際に歩き始めてみるとヨシキの調子はとてもいい。早いペースで登って行く。中腹の駐車場までの時間を前回の八五分から短縮して六〇分で着いた。例によって川に浮かんでいるジュースを飲むと、すぐに歩き出す。急なところや注意を要するところを抱きかかえてやるが基本的には自分で歩いてとうとう水舟まで登った。水舟から古処山頂までは五〇〇メートル。大人の足で一五分である。

 水舟まで一三〇分かかったが、ヨシキが二時間あまりに渡ってぐずらずに登ってくれたことはよかった。水舟までは大人の足で六〇分から八〇分かかる。ヨシキは求菩提山や崩平山には登れるということだ。

 水舟ではゆっくり過ごす。中村屋のお握りを食べて、ココアプリンがデザートだ。水舟の木陰は涼しい。水もわずかだが出るので手を洗ったりする。ヨシキは「山がきれいだ」「雲がうごきよる」などと言っていた。

 ここから山頂を目指す気はヨシキにはなく、下山することになった。ヨシキは棒切れを拾って「これは鉄砲だ。悪者をやっつけるぞ。」と叫んでいた。また、今日はいろいろな虫に出会った。沢蟹、とんぼ、あり、蛙などである。みんなヨシキを明るく迎えてくれた。

 降りはじめてしばらくするとヨシキの調子が落ちてくる。眠くなり始めたようだ。後半はダッコしたり、歩かせたりの繰り返しだ。登りの一三〇分に対して、下りは一一〇分で降りることができた。こういうわけで、ヨシキは古処山登頂まであと一歩に迫った。登頂の日はいつか。年内には実現したい。家族四人で古処山頂に立つ写真を来年の年賀状にしたいが可能かどうか。
 今日はヨシキがよくがんばった。それで父親の私はうれしくて帰りにも沢のジュースを飲ませた。しかしそのためにヨシキのお腹はパンパンに張っていた。これは飲ませ過ぎだと反省した。 



         一九九四年八月一七日(水) 古処山  ヨシキ  
秋月登山口(9:05)→(10:45)林道駐車場(10:55)→(11:05)沢(11:50)→(12:45)秋月登山口

 ヨシキが古処山に水舟まで登り、九重をかなり歩いたことで私はずいぶん気をよくした。水舟まで登ってから五日、九重登山から三日しかたっていないが、私は敢えて古処山登山を決意した。一挙に古処山の山頂に立ってみようというわけである。調子に乗っているときにその調子に乗じて飛躍を計ろうと考えた。

 しかし、この日は失敗だった。ヨシキはぐずぐずする。そしてこれまでは水を怖がっていたヨシキが、先の読書会の九重登山で水を好きになっている。そのため渓流などでやたらに遊びたがる。岩があれば登ってみようとする。棒切れを拾ったり、寄り道ばかりする。そのために中腹の林道駐車場まで一〇〇分もかかってしまった。前々回が八五分、前回が六〇分だったから、これは時間的には大幅な後退である。それで結局、古処山頂はもとより、水舟まで行くこともあきらめた。前々回と同じ場所で昼食をとることになった。

 ファミリー登山は子どもの調子如何でどうなるか全く分からないということだ。今日は私の調子もあまりよくなかった。保護者である親の調子がいいということも大切なことではないだろうか。ファミリー登山は一進一退である。焦らずに一歩ずつ登っていこう。

 ただできれば、九月中にはヨシキと古処山登頂を果たしたい。一〇月には家族四人で登って古処山頂で年賀状用の写真撮影をしたい。さらに一二月の福岡山の会の忘年登山ではヨシキと宝満山に登った後で忘年会に参加したい。そういう希望をいま持っている。



         一九九四年九月一五日(木)古処山   しのさん・妻・ヨシキ・ユリ
        秋月登山口(9:45)→(11:05)林道駐車場(11:50)→(13:00)秋月登山口

 七回目の結婚記念日。初めの頃は宝満山や古処山に夫婦で登っていた。やがてヨシキが生まれ、昨年と一昨年は私が部活動で不在だった。今年は家族四人で古処山に登ることにした。しのさんも御一緒していただけるということで五月の高良山に続いての五人での古処山になった。

 私が背負い子でユリをオンブする。ヨシキはしのさんや母親に甘えている。寄り道ばかりするわけではないが、快調というわけでもない。中腹の林道まで八〇分かかった。ヨシキと古処山に登るのは七月以来四回目だが、八五分、六〇分、一〇〇分、八〇分と推移している。水舟まで登ったときはここまで一時間で、それでも水舟到着まで二時間一〇分はかかっている。

 今回は出発が遅かったこともあり、ここで昼食にした。ジュースのある沢は蜂が多くて危険なので林道駐車場に上がった。いつもは車がたくさん止まっているのだが今日は全然いなかった。林道を歩いてくる人がいたので通行禁止になっていたのかもしれない。おかげさまで木陰でのんびり昼食を楽しんだ。ヨシキとユリは林道を走ったりして遊んでいた。ヨシキは林道を遠くまで走っていって、しのさんに買ってもらったお菓子を一人で食べていた。

 ヨシキとなかなか古処山に登れない。あせるべきではないのかもしれないが、このままではファミリー登山の展望が見えてこない。秋月登山口から古処山をめざすのが正攻法だが、古処山の山頂への登頂だけをめざすならば八丁越から登るとか林道駐車場から登るとかの方法もある。

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