基山           〜佐賀県三養基郡基山町〜

      一九九四年三月二〇日(日) 基山  もろさん・サクタ君・ヨシキ
城戸集落駐車場(10:35)→(10:50)水門跡(10:55)→分岐(11:05)→登山道→(11:50)基山(12:55)→史跡めぐりコース→分岐(14:00)→(14:10)水門跡   

 もろさんとはグループの中で一緒に山に登ったことはあるが、個人的に登山をするのは初めてだ。村上さんや坂口さんにも呼びかけてあったそうだが、都合がつかずに父子二組の四人での登山になった。基山は私は二年ぶり。小郡高校の遠足で二回来ている。夜須町の「ヒライ」で一〇時に待ち合わせ。城戸集落の駐車場に着いて登山開始。

 天気はよいが風が強い。最初は舗装道路だ。ヨシキは調子に乗って走って転んだりする。やがて水門跡に着く。二年前に登った道が舗装されていた。基山登山道と史跡めぐりコースとの分岐に出ると、ここからは土の上を歩くことになってほっとする。ヨシキは棒切れを拾ったりしてのんびりと歩いている。坂道は思ったよりも急ではなくて歩きやすい。分岐から四五分で山頂に着いた。
        

ヨシキとサクタ君
 
   山頂は風が強い。食事を始めたが吹き飛ばされそうになる。もろさんがコンロでお湯を沸かしてカップラーメンやドンベエを作られていた。ヨシキもご馳走になった。スノーボートを持ってきてあったのでヨシキとサクタ君は一緒に遊んでいた。天気がよかったので基山に遊びに来た人は多かったようだ。

 下山開始。下りは史跡めぐりコースを歩くことにした。坂がなだらかだということだったが、結構険しかった。アップダウンもあった。ヨシキは午後になり眠くなってきてぐずりはじめた。ふらふら歩いていて危なっかしい。ずっと手をひいて歩くことになった。下る途中でヨシキは蔓草を「宇宙龍ナースだ」と叫んでいた。分岐までは六五分かかった。登りよりも二〇分余計に時間がかかった。水門跡に着くともろさんが車で来て待っておられた。これで下りは一五分は短縮することができた。
 そのあとは基山のユニードの近くの喫茶店に入って休んだ。サクタ君とヨシキはフルーツパフェを食べていた。もろさんはサクタ君が五歳のころから父子登山を始めたそうだ。今では精力的に毎週のように一緒に登られている。先週は花立山に登られたそうだ。ハイキング的な登山をされる一方では、「阿吽」五号の編集後記に柚須原から仏頂山に登られた記述がある。これは父子登山の到達点が伺える名文である。

 今年に入ってヨシキは目配山・龍田山・基山と新たに三つの山の山頂を極めた。昨年は失敗が四回あったが、昨年一〇月の天拝山以来六回連続して成功している。通算成績は一〇勝五敗になった。勝ち癖がついてきたようで嬉しい。この調子でいきたい。私のファミリー登山はユリが小学校に入学し、ヨシキが小学校を卒業するまでの平成一一年から平成一五年までの四年間が全盛期になるだろう。この時期に私たち親子なりの「九州百名山」を登り、その記録を本にするのが私の夢だ。その時には私はもう四五歳になっている。これからの五年間はそのための準備期間だ。 

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