金峰山           〜熊本市〜

             一九九四年一月二日(日) 金峰山 父・母・ヨシキ
       大将陣(7:20)→あと四〇〇地点(8:05)→(8:25)金峰山(9:05)→(10:10)大将陣

 正月に熊本に帰省した。金峰山に登ることになった。今回はユリをおばあちゃん(私の母親)に預けて三代四人で登った。さるすべり入口の登山口から歩き始める。天気もよい。またそれほど寒くない。ヨシキはこれまでになく調子よく登っていく。前回は途中でだっこしてやることが多かったが、今回は自分でどんどん越えていく。昨年三月に来たときに挫折した地点(最初の休憩所)までは六〇分かかったが、成功した昨年七月は四五分だった。今回はなんと三〇分でたどり着くことができた。この一年の成長のあとがしのばれる。

 ヨシキは歩きながら野苺を摘んで食べていた。熊本の冬は寒いがこの日はほどよい寒さで空気も澄んでいた。ヨシキは後半になると疲れも見えてたびたび母親から飴をもらって食べていた。しかし山頂のテレビ塔が見えると「ジューソウケンだ」と叫んで後は階段を一気に登ってしまった。結局登りに六五分ということで、前回よりも三〇分短縮した。大人の標準コースタイムが四五分だから、それに近づいてきたことになる。

 山頂の売店には昨年七月にも会った女の子がいた。大きくなって金峰山の山頂を歩いていた。この子の名前は「りな」というそうだ。自然の中で生活しているせいか、非常にたくましい感じがした。
 山頂の展望台はゴミが散乱していた。前日の元旦に初日の出を拝みに来た人たちの仕業だろう。そこにシートを敷いて軽い食事をした。売店で温かいおでんとミルクを買った。しばらくゆっくりしていた。金峰山頂の神社に参拝した。この正月は北岡神社と万日神社と三社参りになった。

登山道の途中で 後方は父
 
 下りも順調で登りと同じ時間で降りた。歩きながら大勢の登山者とすれ違ったが、そのたびにヨシキは励ましの声をかけられていた。ほめられると親としても悪い気持ちはしない。何人か小さい子供連れの親子にも会った。
 
 金峰山は熊本市民の山だ。本当によく登られている。山頂のアルコウ会の掲示を見ると一番多い人は六三〇〇回も登っている。福岡の宝満山とどちらが登られているだろうか。山と渓谷社「九州百名山」とシェルパ・自然を愛する会「九州百命山」が金峰山を無視しているのは私には理解できない。山頂こそテレビ塔に占領されて風情がないが、有明海が望める自然歩道の味わいは捨てがたいものがある。夏目漱石や宮本武蔵など文学や歴史を味わうという面もある。金峰山は多方面から味わえる奥の深い山だと思う。  
          一九九四年四月三〇日(土) 金峰山 母・ヨシキ   
    大将陣(6:55)→(7:35)休憩所(7:40)→(7:55)あと四〇〇地点(8:00)→(8:25)金峰山(9:05)→(10:05)大将陣

 ヨシキが金峰山に登るのはこれで四回目だ。一回目の昨年三月は失敗している。昨年七月には父親と三人で登って成功した。今年の正月には父親と妻と四人で登って成功した。今回は母親と三人だ。毎回メンバーが交代するのはおもしろい。ヨシキがおばあちゃん(私の母親)と山登りをするのは初めてだ。歩き始めるやいなや「お手手」を求めた。これを拒絶すると激しく泣きわめいた。ヨシキはおばあちゃんに甘えていた。道端に落ちているものに興味があるらしく、寄り道が多かった。

 結局登りに九〇分の時間を要した。これはふらふらになってやっと登った昨年八月の水準である。ただ体力はついてきたのか疲労はしていないようだった。山頂ではアイスクリームやあんパンを食べて、神社に参拝したり、電話をかけたりしていた。

 「金峰山のユリちゃん」とヨシキが呼んでいる、山頂の売店の若夫婦の子どもである、りなちゃんは今回はいなかった。今日は保育所に行っているとのことだ。お母さんのお腹は大きくなっていたから、二人目の子供が生まれるのだろう。金峰山に来る楽しみの一つはりなちゃんの変貌だ。りなちゃんに会えなくてヨシキは残念がっていた。

 下りは早かった。ヨシキの体力は着実についてきている。金峰山はいい山だ。登山口の駐車場やトイレも整備されていた。これからもくりかえしてやってきたいと思う。

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