西穂高岳・乗鞍岳           〜長野県〜

             一九九三年八月六日(金) 七日(土) 西穂高岳 
                    村上一朗・「桜買うたか」
ロープウェイ駅(15:20)→(16:40)西穂山荘(5:03)→(6:40)西穂独標(7:00)→(8:45)西穂山荘(9:50)→(12:25)上高地

 最近登山ツアーに積極的に参加するようになっている。昨年夏の富士山(近畿日本ツーリスト)、今年冬の霧島(自然を愛する会)に続いて今回が三回目である。参加したいものはたくさんあるが日程がなかなか合わない。冒険クラブのツアーでも今夏は他に白馬岳・立山・北岳などがある。このプランになったのは単に日程の都合による。

 今回は村上一朗さん・「桜買うたか」さんとの三人での参加になった。村上一朗さんは私たち夫婦の仲人であり、文字どおりいつもお世話になっている方である。その末娘である「桜買うたか」さんは高校二年生だ。元登山部で今は文芸部だ。小説などの創作活動には意欲的だ。このお二人と三日間に渡って御一緒できて楽しく触発されることの多い旅になった。

 飛行機はともかくバスの時間が長いのは特に行きではつらかった。気分が悪くなって「桜買うたか」さんの酔い止めの薬をもらったりした。名古屋から高山を経て新穂高温泉に向かうバス路線はなかなか風情があった。山も川もいい。特に飛騨川の流れは九州にはなかなか見られない迫力のあるものだった。漢文の柳宗元の「鈷母潭記」を思いだしていた。川で釣りをする人は大勢いたが夏休み中なのに川で遊ぶ子供は全然いない。

 JR高山本線は単線だった。山に近づくとだんだん天気が悪くなる。雨が降ってくる。一日がかりで新穂高温泉に着く。ここは土砂降りだ。参加者全員が憂鬱な気持ちになる。ロープウェイに乗るのに荷物の重さを計ったら九キロだった。ロープウェイで上がると雨はそれほどはひどくない。道も歩きやすい。雷になることもなく、辛抱して歩けば一時間余りで今日の宿泊地の西穂高山荘に着いた。

 昨年の富士山でも山小屋に泊まったが、あのときは眠っただけだった。今回が初めての本格的な山小屋利用になる。狭い部屋に八人で寝ることになった。しかしこれでも雨のためにこの時期としては混雑していない方ではなかろうか。

 夕食はおいしかった。ご飯・味噌汁の他、フライやサラダも出た。山小屋でこれだけのものが食べられるとは感激だった。コーヒーも飲めるし、お菓子やジュースなどたいていのものは売ってある。この山小屋ではヘリコプターで荷物の上げ降ろしをやっているようだ。トイレも割合きれいだし、図書室があるのには驚いた。登山に拘らずに西穂山荘そのものに二泊してのんびりするのもいいようだ。「山と渓谷」九月号に「西穂山荘をめざして」という文章が載っていた。四歳の子供を連れて上高地から西穂山荘まで歩いた紀行文だ。

 夕食後には早めに休んだ。八時頃には横になったようだ。まわりの人のいびきが気になってなかなか眠れなかったが、予定の三時半には起床した。出発予定は五時である。朝食の弁当を食べていざ出発準備をしようとすると村上さんの登山靴がない。誰かが間違って履いていったようだ。間違い防止のために三人の靴紐を結んだりしていたが、この時は怠っていた。あわてて探したが、見つからない。やむを得ず村上さんは運動靴で登山をすることになった。昼前に山荘に帰ってくるので靴はそれまでには戻っているかも知れない。

 いよいよ西穂高岳目指して出発する。「穂高」の名前だけでわくわくする。天気がよく他のアルプスの山々が見える。登山道も歩きやすい。早朝でまだ人が少ないのもいい。気分よく歩いていった。しかし、西穂独標が近づくとだんだんと険しくなってくる。私の前を歩いていた人が元気がない。足がふらふらしている。追い抜いてしばらくすると、突然つまづいて転落してしまった。ザックを背負っていなかったためにゴロゴロ一〇メートルほども転がってしまった。そのまま落ちていけば命はない。添乗員の人が助けられたが、見ている方も怖かった。目前で誰かが遭難しかかったのは初めての経験だった。

 独標の目前になると岩場になる。確かに怖い。このツアーの参加者は初心者が多いのか、ここでなかなか進まなくなる。かなり時間かかって全員が独標に立ったときは嬉しかった。鎖が設置されているところは怖くないが、登山者の数が多いので渋滞中に恐怖が増す。ツアー参加者二八人のうち一〇人ほどが独標までで断念することになった。私も迷ったがもし進めば足手まといになりそうだし、アルペンガイドの「独標までで自信が持てなかったら先へは進まないこと」の忠告に従うことにした。実際後で緊張のために腕の筋肉がこわっていた。

 独標から引き返すときに我々一〇人は恐がっていて、時間がかかった。この途中で登ってきた中年のベテラン女性から「上り優先よ。あんたたちなにやってんのよ。リーダーはちゃんとしなさいよ。」という大きい声が上がった。「上り優先」確かにそうであるが、恐怖を感じている人は早くこの場を脱出したいはずである。事故防止には全員を早く降ろしてしまうに限る。文句を言われていた添乗員に同情した。降りてくると私はこの女性に「あなたたちここ初めてなのね。」と言われた。
 
 この後は楽しくのんびりと引き返した。登山者が増えてきて西穂高岳の人気の高さが伺われる。西穂山荘に着いてのんびりした。コーヒーを飲んだりした。しかし村上さんの登山靴は見つからなかった。

 後日談だが靴は出てきた。山荘内にあったそうである。そうであれば誰かが間違えたのだろうが、それを受付に届けないのはけしからん。そのために村上さんは多大な迷惑を被り、痛風が悪化して読書会合宿に参加できない羽目に陥ったのである。

 西穂高岳を目指していた人たちも中途で断念して帰ってきた。時間切れになりそうだったからである。三〇分の休憩で出発になった。上高地への下山は今回のプランの中で最も手ごたえのあるものだった。歩きやすく感じのいい登山道だった。ただみんな疲労しているのか、この下山にはかなりの時間がかかった。降りるときに毎日旅行のツアーと一緒になったが、話をした添乗員は熊本県菊池市出身の人だった。

 上高地が見えてくるとわくわくする。憧れの上高地に歩いて到着するのだ。バスで乗り付けたのではこの感動はないだろう。苦労して自分の足で降りてきたからこそ上高地は素晴らしいのだ。上高地での自由時間は一時間しかなかったが、梓川のほとりで弁当を食べた。きれいな川の水で体を拭いた。河童橋の上で写真を撮った。ウエストンの銅像も見た。短時間しか滞在できなかったが、上高地はいいところだ。気に入った。


      一九九三年八月七日(土)八日(日) 乗鞍岳   村上一朗・「桜買うたか」さん
畳平(16:00)→(16:40)肩の小屋(3:10)→(4:00)頂上小屋(4:45)→(4:50)乗鞍岳(5:05)→(5:40)肩の小屋(7:40)→(8:15)畳平

 上高地からバスで乗鞍岳の麓の畳平というところに向かう。畳平は店や旅館が林立する観光地だった。ここからのんびりと歩いて肩の小屋に向かう。道は平坦で何ということはない。雪が残っていたのも驚きだが、夏スキーをやっている人たちがいた。肩の小屋にはこの人たちと登山者が雑居していた。肩の小屋は山小屋といっても車で来れるので国民宿舎のようなところだった。幸いなことに宿泊客が少なく、村上さんと「桜買うたか」さん・私の三人は一室をあてがわれた。おかげさまで夕食のあとは宴会らしきことができた。七月上旬の「阿吽」の座談会の続きのような話をした。

 乗鞍岳の山頂で御来光を仰ぐということで未明の二時半に起床した。「桜買うたか」さんは平常からこの時間に起きて入浴、それから勉強しているそうだ。父親とは全く対照的な生活をおくっているわけだ。前向きに高校生活に取り組んでいる姿勢は評価されていいだろう。毎朝三、四時間の学習時間を確保しているというのはすごい。

 天気は今一歩である。風は強い。最初から雨具をつけて歩く。登山そのものは楽である。石ころの多い道を歩いて、やがて頂上小屋に着いた。ここは売店のようになっている。もちろんこの時は開いていない。小屋の前でしばらく日の出を待つ。缶コーヒーを三人で分けて飲み、チョコレートや飴を食べた。村上さんが「このまま夜が明けなかったらどうなるだろうと考えることがある」といったことを話されていたが、夜明け前の乗鞍岳にはそれなりの神々しい雰囲気があった。

 日の出の時間になったので山頂に出る。ところが天候が悪化してきた。とうとう風雨になった。御来光どころではなく、早々に退散した。この時点では登山者は我々だけだったが、下山途中で次々と登ってくる登山者に出会った。畳平からの登山者が多いようだ。肩の小屋で朝食を含めて休憩して下山になった。最後の山歩きは雨のなかだった。しかし感じのいい優しい雨のように感じられた。
 
 飛騨高山のレストハウスで昼食になったが、そこは「飛騨の里」の隣だった。意を決して村上さんと三人で走り回った。二五分間しかなかったが、それなりに見て回ることができた。飛騨高山というところに親しみが持てたようだ。下呂温泉で登山の汗を流した。この三日間は入浴できなかったのが辛かった。入浴したことで登山の疲れがすっかり取れたようだ。下山後の温泉とビールは最高だと芯から感じた。

 憧れの北アルプスに第一歩を記すことができた。北アルプスとはどういうところか輪郭がつかめた。また山小屋とはどういうものか分かった。乗鞍岳に登って「日本百名山」の山を一つ登ることができた。これからはせめて一年に一回はこちらに来ることにしよう。冒険クラブなどのツアーを利用することになるだろう。

 今回は雨の中での登山が多かったので、雨対策の重要性を認識することにもなった。私はショートスパッツを使用しているが、ロングスパッツを購入しようか。九州の山で雨のトレーニングを積む必要もあるようだ。

 岩場に対する私の恐怖心はどうにかならないだろうか。山と渓谷社の新刊の「山歩き始めました」の著者鷹沢のり子氏に「この程度の岩場で恐がっていてはどこにもいけないよ。」と馬鹿にされそうだが、確かにそうだ。奥穂高岳や槍が岳にも私は登りたい。九州の祖母山・傾山・大崩山・根子岳・屋久島に登れる力を養成しよう。岩登りの初級技術を修得したい。そのためにはどうしたらいいかということになる。きちんとした山岳会に所属するべきだろうか。 
                                              

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