天拝山      〜福岡県筑紫野市〜

                    1993年3月7日(日) 天拝山 ヨシキ
                武蔵寺(10:30)→(11:30)神社(11:50)→(12:20)武蔵寺

 天気があまりよくなかったが、衝動的にヨシキを連れて天拝山登山に出かけた。前回の高良山の時と違ってうまくいかなかった。道幅が広いせいもあって寄り道ばかりする。道なかばで挫折した。どんよりとした天気はヨシキには駄目なようだ。下山後に二日市のバンバンに寄ってキングジョーとゴドラ星人の人形をヨシキに買ってあげた。
  

天拝山の山頂
    1993年10月3日(日) 天拝山 ヨシキ
    武蔵寺・天拝公園(11:05)→荒穂神社(11:40)→(12:20)天拝山(13:05)→荒穂神社(13:25)→     (13:55)天拝公園
 
 今年の三月にヨシキと天拝山に登ろうとしたが失敗していた。同じ時期に失敗した熊本の金峰山は七月に登ることができた。天拝山に登る機会はないものかチャンスをうかがっていた。しかし標高二五〇メートルほどの天拝山は夏には無理である。秋がくるのを待っていた。そして数日前から朝夕は冷え込むようになり、めっきり秋らしくなった。先週登りに行った高良山の王子宮ルートが、倒木のために登山困難になっていた。当分は行けないだろう。そうなると、甘木からヨシキと行ける最も都合のいい山は天拝山ということになる。 

 朝は小雨が降っていた。天気予報では昼前から晴れるということだったので、出発を遅らせて一〇時半に家を出た。ヨシキはこの日は朝からぐずぐず言っていた。朝食はなかなか食べないし、私のシーツにボールペンで落書きをしていた。かなりわがままな状態で、両親から叱られていた。天拝山に向かうときも「高良山や金峰山がいい。」とか「天拝山は山頂に店があるとね。」などと勝手なことを言っていた。
 麓の天拝公園は最近整備されてきれいになっていた。遊ぶのにはいいところだ。ヨシキは「今日は一日ここで遊ぼう。」と言うがそれは下山後の楽しみにして登山を始めることにした。登山開始時はまだどんよりとした天気だ。出発時間も一一時を回っている。果して登れるだろうかとても不安に駆られた。
 
 ヨシキはわがままを言いながらゆっくりと登っていく。休んだり、食べたり、飲んだり、何かを見つけては立ち止まったりする。この登山道は整備され過ぎている。道幅が広いので林道と変わらない。子どもには歩いていて単調なのかも知れない。登山口に「山頂まで三三〇〇メートル」とあった。中腹の荒穂神社に着くと「天拝公園から一〇〇〇メートル」とある。ここまで三五分かかっている。あと二三〇〇メートルもあるのかと思うと絶望的な気分になった。単純に計算すれば確かにそうなる。

 しかし人間辛抱が肝心である。一五分ほど我慢して歩くと立派な標識があるところに出た。見ると、ここから山頂まで階段を三〇〇メートルだ。急に元気が出てきた。天拝山山頂には売店はないので、お菓子・ジュース・フルーツなどをたくさん持ってきていた。「チョコビ・チョコビ」とか「カルピス・カルピス」とか、かけ声をかけながら登っていった。ヨシキも林道歩きよりは楽しいのか、調子が出てきたようだ。

 やがて山頂に着く。私としては三年ぶりの天拝山の山頂だ。ゆっくり食事をして、山頂の神社に参拝したり、人工の展望台に登ったりした。晴れてきて展望も素晴らしかった。ヨシキは「僕の家はどこかなあ。」などと言っていた。ヨシキはお賽銭を入れるのが面白くて何回もやっていた。一生懸命に手を合わせて目を閉じている。

  下山時にはヨシキは時間が下がって疲れが出てきたのか、「眠たい」を連発するようになった。荒穂神社の下では五分ほどダッコした。しかしこの辺から主婦の方四人と御一緒した。ヨシキはこの人たちになじんで「僕とユリちゃんは久留米で生まれた。」などと言って笑われていた。麓ではこの人たちと一緒に写真を撮ったりもした。

 天拝公園はよく整備されていた。遊歩道もあるし、水洗トイレもある。菅原道真公の銅像もある。なかなか過ごしやすいところだ。ここでしばらく遊んでいた。ヨシキは三歳の女の子にお菓子をもらったりして喜んでいた。

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