金峰山           〜熊本市〜

                 1993年3月14日(日) 金峰山 ヨシキ
               大将陣(9:20)→中腹(10:30)→(11:20)大将陣

 熊本にヨシキと帰省したので金峰山登山に出かけた。ヨシキはこの前日におじいちゃん・おばあちゃんと動物園に出かけていた。なかなか調子が悪く結局は道半ばで挫折した。二歳や四歳の子供が登っていた。くやしいが仕方がない。ヨシキを山に連れて行くときは万全の条件が必要だ。なかなか難しいものだ。

 下山後におもちゃ屋さんでウルトラセブンの人形を買ってあげた。どうも山に行く度にヨシキのおもちゃが増えるようだ。

登山口にて
1993年7月10日(土) 金峰山 
         父・ヨシキ
大将陣(7:00)→あと四〇〇地点(8:00)→(8:35)金峰山(9:20)→(10:45)大将陣

 熊本に帰省してヨシキと再び金峰山に登ることになった。金峰山登山は四ヶ月前にも試みたがその時は失敗していた。熊本に帰る日が近づくとヨシキは「金峰山に登る」と言い続けていた。今回は父も参加して三代での登山になった。金峰山は熊本市民によく登られている山だ。私も小学生の時に登っている。また夏目漱石が登った山としても有名だ。漱石の「草枕」で有名になった。宮本武蔵にゆかりの深い霊巌洞がある岩戸観音も登山口の一つだ。山と渓谷社アルペンガイド「九州の山」の足利武三氏の文から引用する。

 「金峰山は鳥越峠の、峠の茶屋バス停が登山口となる。ここは夏目漱石の『草枕』の舞台となったところである。漱石が旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の教授であった明治二九年の大晦日、友人と荒尾橋から旧道を鳥越峠へ登り、峠の茶屋に立ち寄る。一節に『おい、と声をかけたが返事がない。軒下から奥をのぞくと障子が立てきってある。』とあるが、今はもう昔の面影もなく、峠の茶屋の案内板もない。」 
 この日はヨシキが予想外に早起きしたので、予定を繰り上げて早く出発した。車の中でセブンイレブンのお握りを食べて朝食にした。登山口の大将陣に着くとかなりの車と人だ。金峰山はやはり熊本市民の山だ。天気はいいとの予報だったが、早朝でガスがかかっている。山頂は見えない。しかしおかげで涼しい。

 今回は割合調子よく登っていく。登山中に工事のダイナマイトの音が鳴り続けていたが、ヨシキは「雷が怖い」と言っていた。適宜休憩を入れる。クレヨンしんちゃんビスケットを食べるとまた元気が出る。前回挫折した地点まで四五分で着いた。前回は六〇分かかっているのでかなりの前進だ。大将陣から山頂までの全長は一三〇〇メートルだが、「あと四〇〇メートル」の標識がある地点を過ぎると由幾はぐずり始める。調子よく歩けるのは登りでは一時間までのようだ。「眠い」「帰る」を連発する。しかし実際に帰り出すことはなく、とうとう最後の石段に出た。由幾は「ジューレンジャーの剣だ。」と叫んであとは一気に登ってしまった。九五分もかかったがなんとか登ることができた。

 一三〇〇メートルという距離は高良山と変わらない。しかし高良山は三〇〇メートル弱しか標高が上がらない。金峰山は四〇〇メートルほども標高差がある。したがって急である。金峰山はなかなか難しい山だということになる。高良山はレベル的には古処山の三分の一だが、金峰山は古処山の半分ぐらいはあるということだ。ヨシキはよく登ったが時間がかかったのは当然だ。

 山頂に立つのは何年ぶりだろうか。売店は健在だった。ここでジュースを飲み、アイスクリームを食べて由幾は満足していた。この売店の夫婦は若く、可愛い赤ちゃんがいた。尋ねると昨年一一月二五日に生まれたという。ユリとあまり違わない。ヨシキとこの女の子は楽しそうに触れ合っていた。いつかまた会いに来てみたい。今度は家族四人で来てみたい。

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