木葉山         〜熊本県玉名郡玉東町〜

                2006年1月8日(日) 木葉山  単独
         霊雨山神社鳥居登山口(8:50)→(9:15)木葉山(9:35)→(9:55)登山口

 熊本に帰省した。一人で出かけたので、「行き掛けの駄賃」としてどこか山に行きたいと思った。時間に制約があり、往復2時間以内ということで、龍田山の昨年登ったのと別ルートか、南関町の二城山か玉東町の木葉山かにしぼって考えた。結局、時間的・地理的な関係から木葉山に登ることにした。
                                              


登山口の霊雨山神社鳥居


 甘木を7時過ぎに出る。甘木インターから菊水インターまで高速道路利用。208号線を経て、JR木葉駅に着く。石灰岩の木葉山がそびえている。木葉山への道は標識はないが分かりやすい。ローソンでおやつや飲み物などを買うが、飲み物を店内に忘れてきた。親切な店員さんが車まで届けてくれた。熊本鉱業の近くに登山口があ。近くに民家があるが駐車スペースも十分ある。

 霊雨山神社の石の鳥居をくぐり、広い参道を登っていく。少し登ると「二つ神さん」と呼ばれる石の祠が道の両脇にある。道幅の広い急な斜面を登っていくと、標高287メートルの木葉山頂だ。30分足らずであっさり着いた。

 山頂には立派な霊雨山神社がある。地元の木葉小学校の生徒が毎年3月に卒業記念登山をしているようで、記念碑がいくつも建っていた。

 ここからの展望は素晴らしい。市街地の他、二の岳、三の岳、田原坂が目の前に見える。有明海がきれいだ。三角半島や雲仙もよく見える。景色に見とれながら休憩した。

 下山は走っても降りられるが、膝を痛めるのでゆっくり降りる。このあと、田原坂公園の近くを通って熊本に向かった。田原坂は言わずと知れた西南戦争の古戦場である。ずいぶん前に行ったことがあるが、この20年は御無沙汰だ。田原坂の戦いでは明治10年3月に16日間の戦闘が行われた。司馬遼太郎『街道をゆく』の「肥薩のみち」で触れられているが「大東亜戦争なんか小さないくさだった、西南戦争に比べれば」とある。狭い地域に大量の銃弾が飛び交ったので主観的には熊本では太平洋戦争よりも田原坂の戦いのほうが激しかったということである。田原坂からJR鹿児島本線の沿線に出て、線路沿いに走って熊本に着いた。

 熊本にはこれからも時々は行くので、「行き掛けの駄賃」で低山ハイクをしたい。二城山には登りたい。龍田山も龍田口、一里木、万石など四方からコースが開けているようなので歩いてみたい。大津山、小岱山、金峰山、二の岳・三の岳なども再訪してみたい。これらの山は冬場がベストだ。熊本の低山歩きの参考書は熊本日々新聞社から出ている『家族で歩く熊本のハイキングコース』(1994年)『熊本百名山』(1998年)『里山巡礼熊本癒しの50山』(2004年)などだ。情報の多くはこの3冊から得ている。 

道の両脇の「二つ神さん」


木葉山山頂の霊雨山神社


山頂の権現さん


山頂から市街地を見下ろす


木葉小学校登山記念碑


そびえる石灰岩の木葉山


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