古処山・遊人の杜    〜福岡県嘉穂町〜

                  2005年8月16日(火) 古処山  ユリ
    古処山キャンプ村(6:40)→(7:35)古処山(7:50)→(8:45)古処山キャンプ村

 古処山キャンプ村「遊人の杜」に家族4人で泊まった。古処山キャンプ村は以前からあったが、2002年春に「遊人の杜」としてオープンした嘉穂町営のキャンプ場だ。できてまだ3年にしかならない。ここに今年の4月末に泊まるようにしていたが、直前になってキャンセルした。残念だったが、その後いつ泊まれるか機会をうかがっていた。土曜や連休時はふさがることが多く、なかなか予約が取れなかった。今回はお盆の時期に早めに予約していた。予約金が必要だが、4月の時は1週間前の予約だったので納めていなかった。今回は早々に七千円を振り込んでいた。
                                              

水遊び

  15日の午後から準備をする。近場なのでアプローチには時間がかからない。16時に出発したが、30分ほどで到着する。家族4人と荷物を載せての八丁越の運転は気を遣うが、無事にキャンプ場に着いた。七千円余りの残金を支払って入所手続きをする。売店も22時まで開いているとのことだ。

 新しく清潔なコテージは嬉しい。ユリと私は下見に来たことがあるが、ヨシキとななちゃんは初めてだ。荷物を置いたあと、古処山登山口の沢に水遊びに行く。冷たい水に童心に返っていた。とても気持ちがよい。

 戻ってきてバーベキューの準備。火をおこしたり、食材を刻んだりする。家族でのこういう行事は久しぶりだ。2002年9月の星座以来ではないだろうか。肉はもちろんのこと、ウインナー、トウモロコシ、椎茸、キャベツ、タマネギ、もやしがおいしい。

 食べているうちに陽が落ちてくる。夕陽がきれいだ。ここは涼しい。甘木から10キロほどしか離れていないとはとても思えない。ヒグラシの声が心地よく聞こえる。

 ヨシキとユリは中3と中1になったが、明るく元気よく遊んでいる。バドミントンをしたり、かくれんぼをしている。暗くなって私はバーベキューの残り火を見ていた。火を見ているとなぜか落ち着く。安らいだ気持ちになれる。「原始人の記憶」だ。

 この夜は静かだった。これまで泊まったキャンプ場の中には深夜まで騒がしいところもあった。「遊人の杜」は遊ぶ施設やプール、テニスコートなどがあるわけではないので、どんちゃん騒ぎが目当てのキャンパーは来ないのかもしれない。内省的な気分を味わうことができた。

 なぜか私だけ二階で寝た。ユリとななちゃんは古事記を音読していた。一昨日の志賀島の読書会合宿で古事記を読んだ。12月の読書会で1ページ読むので頑張らないといけないとユリは言っている。序の部分を音読していた。

 明るくなって五時半に目が覚める。ガスコンロでお湯を沸かし、朝のコーヒーをななちゃんと楽しむ。キャンプ場の朝は気持ちがいい。すがすがしい気分だ。6時過ぎからヨシキとユリを起こす。ヨシキは起きなかったが、ユリは起きてきた。朝飯前に古処山に登ることにする。標識にはここから50分かかるとある。ななちゃんが昨日遊んだ水場まで見送ってくれた。

 ユリは元気だ。私の方が息が切れたりしている。早朝の登山道は夜露に濡れている。朝霧もかかっている。蜘蛛の巣などはなかったが、虫がユリにまとわりついていた。虫除けを塗ったりしたが、効果は十分ではなかった。山頂近くにはキツネノカミソリもいくらか残っていた。

 ユリは初めて嘉穂町側から登ったので、勝手が分からなかったようだが、八丁越への周回ルートに出るとあとは見覚えのある道なので、元気よく登っていった。ユリは「裏古処登山」という言葉を使っていたが、確かに古処山は秋月側からの方がよく登られている。しかし、キャンプと古処山の組み合わせという視点では、秋月側にはいま古い秋月キャンプ村しかない。八丁苑キャンプ場は跡形もない。遊人の杜がある嘉穂町側の方が魅力的だとも言える。今回は通らなかったが、奥の院コースを利用すれば周回することもできる。

 古処山の山頂には誰もいなかった。早朝の古処山をユリと私で二人占めした。曇っていて景色を見ることはできなかった。三脚を利用して写真を撮った。

 下山は夜露に濡れて滑りやすいので慎重に降りる。ソーセージのような実がたわわになっていたので写真を撮って帰った。あとでひとすじさんからこれはツチアケビだと教えていただいた。ひとすじさんのホームページに詳しい説明があった。

 シトシトと水が落ちてきて、雨が降ってきたかなと思われたが、夜露が落ちてきていたようだった。転ばないように用心しながら降りていった。

 昨日遊んだ水場で休息した。冷たい水に足をつけると気持ちがいい。

 帰り着くと朝食ができていた。ななちゃんが御飯、みそ汁やおかずを用意してくれていた。ななちゃんも周辺の朝の散歩をしたそうだ。山から下りてきたので朝ご飯をおいしく食べる。

 食事を終えたらチェックアウトのために片づけなくてはいけない。親は整理や掃除に励んだが、ヨシキとユリはまたバドミントンに興じていた。10時に退出してカギとシーツを返却する。

 そのあとで、水車などを見に行く。遊人の杜には実際に回っている水車があり、子供の勉強になるような施設が作られている。川遊びができるところもあり、ヨシキとユリは水に足をつけて楽しんでいた。

 遊人の杜は嘉穂町が町おこしの視点で総力を挙げて作った施設だ。この土地とログハウスの材料の木材は地元の方の寄付に拠っている部分が大きい。日永田久さんが山林2840平方メートル、立木396本を寄付したとの記念碑が建っていた。嘉穂工業高校の土木科が寄贈したログハウスもある。働いている人たちの雇用確保という面もあるだろう。ここは本当に素晴らしい。細かいところに神経が行き届いている。各コテージには名前が付いているが、「やまざくら」の前には桜の木が、「かし」の前には樫の木が、「つばき」の前には椿が植えられている。この心配りは奥ゆかしい。

 テントサイトの広い駐車場でバドミントンを楽しんで帰途に着いた。八丁越えを通り、秋月のだんご庵で早めの昼食にした。だんご、ラムネ、ソーメン、山菜御飯などを食べた。ユリの知人にも会った。暑いときにはだんご庵で涼をとるのは最高だと思う。とにかくここは人が多かった。都会の観光客であふれていた。

 今回のキャンプは家を午後4時に出て、翌日の正午には帰り着いた。時間的には短かったが、内容的には充実していた。とても良かったと思う。家族の絆を深めることができた。また行きたいねとユリは言っているので、来年の春でも来ることができればと思う。

バーベキュー1


バーベキュー2


コテージの夜


霧の中の少女


古処山頂


キツネノカミソリ


ツチアケビ


水車


バドミントン


だんご庵

家族キャンプの歴史をふりかえる。

1995.8.30古処山秋月登山口にテント泊(ヨシキ)ヨシキ5歳、ユリ3歳

1996.7.28秋月手島さん宅にテント泊(ヨシキ)ヨシキ6歳、ユリ4歳
1996.8.15筑前岩屋キャンプ場にテント泊(家族全員)
1996.8.31菊池渓谷テーブルランドにテント泊(ヨシキ、ユリ)

1997.8.2九重自然動物園にテント泊(ヨシキ、ユリ)ヨシキ7歳、ユリ5歳
1997.8.30南阿蘇国民休暇村に常設テント泊(ヨシキ、ユリ)杵島岳登山
1997.9.13秋月手島さん宅にテント泊(ヨシキ、ユリ)

1998.7.11久住メリーファームにテント泊(ヨシキ、ユリ)ヨシキ8歳、ユリ6歳
1998.8.18南阿蘇国民休暇村に常設テント泊(ヨシキ、ユリ)
1998.9.26住吉浜にテント泊(ヨシキ、ユリ)

1999.6.25くじゅうやまなみキャンプ村にバンガロー泊(ヨシキ、ユリ)ヨシキ9歳、ユリ7歳
1999.8.17.18南阿蘇国民休暇村に常設テント泊(ヨシキ、ユリ、ななちゃん)

2000.7.7グリーンパル日向神にテント泊(ヨシキ、ユリ)ヨシキ10歳、ユリ8歳
2000.7.29南阿蘇国民休暇村に常設テント泊(ヨシキ、ユリ、ななちゃん)
2000.8.27湯前グリーンパレスにテント泊(ヨシキ、ユリ)龍峰山登山
2000.9.23御立岬公園にバンガロー泊(ヨシキ、ユリ)矢城山登山

2001.7.21南阿蘇国民休暇村に常設テント泊(ヨシキ、ユリ、ななちゃん)清栄山登山

2002.9.14星座に泊まる(ヨシキ、ユリ、ななちゃん)黒岳原生林散策ヨシキ12歳、ユリ10歳

 2001年以降はやまびこ会関係者との合同キャンプが頻繁に行われるようになる。やまびこキッズクラブにもずいぶんお世話になった。たいていはホームページにレポートを載せている。今回の古処山キャンプ村宿泊は星座以来3年ぶりの家族キャンプだった。

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