石峰山・小倉鴎外散歩     〜北九州市若松区〜

                2005年2月13日(日) 石峰山  ユリ
若松駅(9:40)→高塔山→(11:10)石峰山(11:30)→(13:00)花房小学校

 三連休の最終日、天気がよかった。ユリと二人で北九州市に出かけることにした。目的は若松の石峰山と小倉の街散策である。3年前の今ごろ、やまびこ会のオフ会で皿倉山を歩いた。山ひとすじさんの主催だったが、ユリと二人で参加した。そのころユリは3年生だった。対岸の石峰山のことをこの時教えていただいた。その時から石峰山にいつか登りたいと思っていた。標高302メートルの山なので、冬場が適当である。ようやく機会を得た。
                                              

白山神社の石段

  
ユリを6時半に起こして、家を6時50分に出る。甘木鉄道の甘木駅に車を置いて、7時5分発のレールバスに乗る。朝は寒かった。車窓の風景は霜が目についた。ちらほらと雪も舞っていた。基山駅でJRに乗り換える。快速電車が門司港まで走っているので、折尾までは一本で行ける。博多駅から先はあまり行ったことがないので、ユリも興味津々だ。赤間では「ここがかつてお母さんが住んでいたところだよ」などと話していた。

 折尾駅は鹿児島本線と筑豊本線が交差する駅なので、乗り換えが複雑だった。朝食がパン一枚だったので、構内のコンビニで昼食やおやつ、飲み物を調達した。ここから若松行きの電車に乗る。この線は30分に1本ある。甘木のレールバスと同じくらいの本数だ。私もこの電車に乗るのは初めてだ。若松の風景が新鮮に感じられる。左手は今日目指す石峰山の稜線が続いている。右手は海辺だ。対岸は戸畑になる。

 若松駅に降り立つ。若松には20年ほど前に仕事できたことがあるが、そのときは車だった。この若松駅周辺は全く知らない。今日歩こうとしているのは海鳥社から出ている福岡山の会編『福岡県の山歩き』に載っているコースだ。若松駅から花房小学校までのルートだ。

 標識に従って歩き始める。まずは高塔山を目指す。若戸大橋の分岐から左に折れて歩いていくと、やがて登り坂になる。石段があり、それを登り詰めると白山神社。さらに登っていくと高塔山公園だ。この山頂公園はよく整備されている。車でも来ることができる。売店は時間が早いせいかまだ開いていなかった。

 山頂の展望台からの若戸大橋の眺めは素晴らしい。若戸大橋をこんなに見下ろしたのは私も初めてだ。天気がいいし、展望もいい。眺めの良さにユリも感動していた。夜景もきれいだろうなと思った。

 火野葦平記念碑があるとのことで行きたかったが、10分ほど下らなくては行けないとのことで割愛することにした。火野葦平は若松出身の芥川賞作家。若松区役所のホームページから引用する。

明治39年12月、父・玉井金五郎、母・マンの長男として福岡県遠賀郡若松町(現北九州市若松区)に生まれる。
 小倉中学校入学後、漱石等の作品に接し、文学を志す。
 早稲田第一高等学院を経て、早稲田大学英文学部を中退後、一時家業を継いでいたが、昭和12年日中戦争のため応召。
 昭和13年、出征中に『糞尿譚』が第6回芥川賞を受賞し、軍報道部時代に書いた兵隊三部作により、一躍、国民作家として脚光を浴びる。
 戦後、昭和23年から25年まで公職追放をうけたが、追放解除後も筆は衰えず、創作活動の拠点である若松の『河伯洞』と東京の『鈍魚庵』とを飛行機で往復するなど精力的に活動し、『花と龍』など北九州を舞台とした数多くの作品を書き続け、再び流行作家として活動した。
 昭和35年1月24日河伯洞2階の書斎で自ら命を絶った。享年53歳であった。
 昭和35年5月、戦中戦後の自らの心の軌跡を描いた『革命前後』及び生前の業績により日本芸術院賞を受賞した。

 石峰山へ向かって歩く。しばらくは車道だが、やがて歩きやすい自然歩道になる。とても気持ちのよいハイキングコースだ。天気がよく晴れているが日陰になると寒い。石峰山への登りは意外に骨が折れる。息を切らしながら登る。標高302メートルとは思えない。海岸から登るので標高差は案外大きいのかもしれない。

 石峰山の山頂は広々としている。若松や戸畑の臨海工業地域の眺めが素晴らしい。八幡製鉄所や3年前に登った皿倉山が正面に見える。ここでお握りやパンの簡単な食事を取る。ユリは横になってくつろいでいた。

 出発しようとすると、10名ほどの団体の方が見えられた。私たちと同じコースを歩かれているようだ。お先に失礼する。ここからの道も歩きやすく、自然が豊かな気持ちのよいコースだった。このコースは「玄海遊歩道」と呼ばれている。北九州市が1970年に整備した12キロほどのコースだ。

 藤木方面に分かれる道があり、どうしようか迷ったが、ユリが「せっかくだから予定通り歩こう」と言うので励まされて、そのまま進んだ。右手には響灘の海が見えるところがあった。きれいな海だった。海水浴場もあるらしい。山間には集落があり、昔から人が住んでいた山村の風景が見られた。百万都市北九州の若松にこんなところがあるとは驚きだった。

 花房小学校前のバス停に着くと、幸運なことに市営のバスがすぐ来た。二島駅近くのジャスコでバスを降り、少し歩いて二島駅に着いた。ここから折尾駅まで戻り、鹿児島本線で小倉に向かった。14時半頃小倉に着いて、リバーウォーク付近をユリと二人で散策した。登山ザックを背負い、ストックを持っているのでユリは恥ずかしがっていた。小倉駅のコインロッカーはどれもふさがっていた。

 リバーウォークの前の森鴎外記念碑で写真を撮り、森鴎外旧居にも立ち寄った。ユリは鴎外にはあまり関心を示さなかった。いつか興味を持つときも来るだろうか。

 昼食が簡易だったので、小倉駅で二度目の昼食ということでラーメンを食べた。駅の売店でキティちゃんを買ったが、あとで新幹線の駅の中にはたくさんのキティちゃんが並んでいてユリはガッカリしていた。

 帰りは新幹線を利用、博多駅から鹿児島本線、甘木鉄道と乗り継いで18時過ぎには帰宅した。
小倉の繁華街を歩いてユリは満足していた。若松の自然と小倉の街の両方を味わった満足の一日だった。

高塔山公園の遊具


若戸大橋をバックに


石峰山頂付近の木製ベンチ


石峰山


響灘を望む山村


山村をはしる


二島駅


森鴎外記念碑


森鴎外旧居


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