由布院家族旅行         2004年12月

  一泊二日で湯布院に出かけた。この三年間は年末か年始に大阪に出かけていた。生駒山、二上山、山の辺の道、柳生街道を歩いたり、大阪、奈良、京都の史跡をめぐったりした。特に司馬遼太郎記念館や等持院はよかった。関西に出かけたことは子供の歴史の勉強にも役だったと思う。

 今年もそうしたかった。私としては神戸や滋賀にも行きたかったが、子供が大きくなってきて、二日あるいは三日の日程を確保することが困難になってきた。当初は鹿児島に行くことも考えたが、のんびりするということと日程を一日半でということで、湯布院に泊まろうということに決まった。

 私はかつては湯布院によく出かけていた。立ち寄ったことも多いが、泊まったこともある。1989年夏には夫婦で榎木屋旅館に二泊した。仕事でペンションなどに泊まったこともある。
                                            

露天風呂の湯煙


 湯布院で好きだったのは金鱗湖周辺だった。湯布院には亀の井別荘、玉ノ湯、無量塔(むらた)といった高級旅館がある。年末のこの時期なら一泊二食3〜5万円程度かかると思われる。かつて、茶寮無量塔という食事処が金鱗湖の近くにあった。ここは雰囲気のいいところだった。私は何度もここを訪れていた。書棚に山の本などがあり、手にとって眺めていた。「谷川岳の霧」というような題名の本を覚えている。

 その後長らく湯布院には御無沙汰していた。くじゅうに行ったり、湯布院を通り越して別府、大分方面に行くことは多かったのにどうしてだろうか。由布岳も1988年夏に一度登ったきりで再訪することがなかった。親子でもまだ未踏だ。

 湯布院はその後、大きく発展した。都会の雰囲気がそのまま持ち込まれ、ガチャガチャした観光地のイメージが強まったせいもあって、足が遠のいたのかもしれない。

 観光ガイドを見て、いくつかの宿に電話をしたが、満室の所が多かった。「山もみじ」というところに決まった。ここは湯布院インターの近くにあり、湯布院の中心部からは離れている。それで値段も割合安いようだ。インターネットで調べると、徳島の人が山もみじに泊まった紀行文を書いていた。各部屋が離れになっていて、部屋に露天風呂が附いているとのこと。これはのんびりするのにはいいところのようだ。家族全員楽しみにしていた。

 この冬は暖冬だったが、当日は寒くなり、雪の不安もあるということ。車のタイヤをスタッドレスに取り替え、遅くならないように甘木を午後2時に出る。高速道路で1時間、インターの近くなので3時過ぎには山もみじに着いた。

 早速部屋に通される。離れになっているので、静かだ。畳の部屋と、ソファーがある洋室、トイレ、洗面所、露天風呂がある。家族4人では贅沢な空間だ。ななちゃんは大浴場に、ユリは露天風呂に入る。ヨシキと私は近くを散歩する。山もみじの隣には岩下コレクションという建物がある。モーターサイクルなどが展示してある。中には入らなかったが、なかなか感じのいいところだ。

 私も露天風呂に入った。他人を気にすることなく一人で入れるので落ち着ける。気持ちがいいので長風呂になった。湯煙の中でボーっとしていた。

 食事は6時から。本館の一室をあてがわれた。今日は客が少ないのだろうか。品数が多いわけではないが、満足のいく食事だった。一つ一つに手がかかっているのが分かる。地鶏が出たのは残念だったが、これは予約の際に知らせておくべきだった。湯布院は鶏料理は多いのだから。地鶏はみんなに食べてもらってローストビーフを分けてもらった。デザートもおいしかった。

 食後は部屋でのんびりした。ななちゃんは10時から衛星放送で「冬のソナタ」を見ていた。私はソファーで横になり、司馬遼太郎「街道を行く」の「耽羅紀行」を読んでいた。「耽羅」とは韓国の済州島のことである。このところ「街道をゆく」のアジア関係のものを読み進めている。年賀状を書こうと思っていたが、気合いが入らなかった。

 朝は5時半に目が覚めた。外を見ると雪が積もっている。道路凍結というほどではないが、今シーズン初めて雪を見ることができた。7時頃からユリと二人で散歩に出た。周りは一面銀世界だ。岩下コレクションの駐車場からは湯布院盆地を見下ろすことができる。由布岳は霧に覆われて山頂を仰ぎ見ることはできない。

 朝食は8時半。意外に遅い時間だが、夕食と同様に手がかかっている食事だった。御飯がおいしいと言ってみんなお代わりしていた。ユリは三杯も食べていた。ユリに言わせると自宅の御飯は柔らかいので美味しくないが、ここの御飯は硬くて美味しいとのこと。自宅の御飯は歯が悪い年寄りに合わせて御飯を軟らかめにしているが、子供の食欲という点では可哀相なところもある。

 宿の評価という視点で朝食が美味しいかどうかということは大切だと思う。宴会に重点を置いた旅館では朝食に手を抜いているケースも時たま見られる。

 朝食は自分で選べるバイキングもいいが、このような味わいのある落ち着いた食事がいいと感じられる年齢になってきたのかもしれない。個室だということもあって、ヨシキもユリもくつろいではしゃいでいた。

 今日の雪は湯布院でも初雪だということだ。これは幸せなことだが、今日の日程には大きな影響がある。私は別府の小鹿山を歩けないかと画策していた。ななちゃんは嫌がっているが、ユリは嫌がっていない。別行動でウォーキングと湯布院散策に分かれてもと考えていたが、山は断念して4人で湯布院の街に出かけることになった。

 由布院駅の近くに駐車する。30分百円だからまずまずの値段だ。由布見通り、湯坪街道を歩いていく。由布院駅から金鱗湖まで1キロ程度の道のりだ。

 10時過ぎなのに結構人が多い。由布院の人気の高さが分かる。B−speakという行列ができているケーキ屋さんを通り過ぎた。ここはロールケーキが人気なのだそうだ。ヨシキもユリも楽しそうに歩く。
 沿道には色々な店がある。女性向きの所が多い。「どんぐりの森」という「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」などのキャラクターの店でななちゃんとユリは長い時間を過ごしていた。ヨシキと私は向かいのSLの展示を眺めていた。私たちにとっては退屈な時間だった。

 感じのいい金鱗湖付近を歩き、昼を過ぎて人と車でごった返す道を由布院駅までもどった。駅前で土産を買ったりした。この間ヨシキとユリは舞い上がったりいじけたりしていた。なかなか忙しい二人だ。

 このあと無量塔に向かった。無量塔は1992年に鳥越地区に移転している。この付近は「無量塔」空間と呼ばれ、色々な店やミュージアムなどがあるらしい。私たちのお目当ては由布院空想の森美術館と不生庵である。

 金鱗湖から歩いて20分だそうだが、坂道なので歩いたら一般の人は辛いだろう。不生庵はそば屋さんだが、残念なことに水曜日は定休日だった。由布院空想の森美術館は宮崎県西都市に移転したとのことで、その跡地にだろうか「由布院空想の森artegio(アルテジオ)」が建っていた。音楽、美術、文学に触れられる空間だった。図書の数も多く、本を手にとってのんびり過ごした。落ち着いた空間だった。かつて通っていた茶寮無量塔の蔵書がここにあるのではないかという気がした。由布院も中心部を離れると風情のあるところがある。

 このあと由布院道の駅に立ち寄り、土産とパンを買って帰途に着いた。甘木に3時半には帰り着いた。

 家族4人では初めての由布院は楽しかった。泊まった宿と無量塔周辺は中心部から離れていたので風情があった。霧がかかっていて由布岳の雄姿を拝むことはできなかったが、いつか子連れで由布岳にも登ってみたいものだと思った。

 今回は冬場なので、由布岳は無理だが、小鹿山あたりに登りたかった。ここは途中にアスレチックもあり、子供には喜ばれる山のようだ。大分のnueさん一家が登られている。日帰りででも出かけてみたいものだ。3月までには行ってみたい。 

豪華な朝食


雪の山もみじ

由布院盆地をバックに

雪の岩下コレクション

山もみじの前で記念写真

SLと雪化粧の山

金鱗湖にて

由布院空想の森artegio
ユリの作文

 今年の冬休みは小学生最後の冬休みでした。たくさんの思い出ができた冬休みだったけれど、一番心に残っているのは、年末に家族みんなで行った湯布院です。
 一泊二日の短い旅行だったけれど、楽しかったです。だけど湯布院だから寒かったです。朝には雪が積もっていました。私が今年初めて見た雪だったから、旅行先で見れて嬉しかったです。
 湯布院は意外と人が多くて、賑わっている街でした、ただ温泉が並んでいるところかなと思っていたけど、可愛いお店などがあってびっくりしました。もっと見ていたかったけれど、急がされて全然見れなかっのは残念でした。
 こんなふうにして、短かったけれど楽しい冬休みでした。来年は中学生になるから、もっと忙しくなると思います。今年は楽しめてよかったです。

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