やまびこ島原大集合・半島一周の旅 
                 〜長崎県島原市など〜     2004年9月

 やまびこ会に入って3年あまり、毎年9月に開かれている大集合に参加した。一昨年は九重の沢水キャンプ場で開かれた。この時はヨシキとユリを連れて参加した。昨年は熊本県の矢護山で開かれたが、都合がつかずに欠席した。今年は島原半島の千々石少年自然の家が会場だ。都合がついたのでユリと二人で参加することにした。
                                              

運動会での吹奏楽部の演奏

  ヨシキの中学校の運動会に行く。中学校の運動会は迫力がある。吹奏楽部に入っているヨシキは一生懸命演奏していた。ななちゃん特製の弁当もおいしかった。ユリの運動会は2週間後にあるが、仕事の都合で見に行けないのが残念だ。ユリは今年も地方リレーの選手になった。6年生なのでアンカーを務める。「せめて決勝には残りたい」と言って練習に励んでいる。

 準備をして出発する。時間の都合から今回は陸路を取る。甘木インターから諫早インターまで高速道路利用。こちらの方に出かけるのは久しぶりだ。

 諫早から千々石までは意外に道路が混雑していた。島原鉄道の沿線をしばらく走った。海が見えてくると感動的だ。運転しながら、千々石海水浴場の長い砂浜を見下ろすことができた。

 少年自然の家に到着。ここから海を見ることができる。いい施設だ。既に皆さんおそろいで宴会の準備が始まっていた。今日の参加は20名ほど。久しぶりに会う人、初めての人、人数がほどほどなので皆さんと楽しくお話しすることができた。

  今回の参加者は、あすなろさん、クライマーEさん&リボンちゃん、 yamaakiさん、あおぞらさん、たおるさん、大分市内の後藤さん、ケン&メリーさん、かつらさん、 Takaさん、よしさん、暗夜行路さん、ため息の由美さん、 NRBさん、ミラさん、tetu-1さん、Umeさん、カズさん、ミカさん 、ボランチさんだった。

 やまびこ会に入会したころ、よしさんと出会った。よしさんはその年の夏に東京に行ってしまわれた。そして昨年の夏に戻ってこられた。それ以来の再会になった。東京と九州とを比較しての談義を楽しんだ。

 同じころTAKAさんと出会った。平尾台を一緒に歩き、ホームページ作成のアドバイスを受けたことをよく記憶している。

 大分市内の後藤さんとは初対面だった。過去何度かニアミスしていた。大分から島原まで一般道路を走ってやってこられた。

 クライマーEさんは初対面だ。大牟田の方だ。娘のリボンちゃんと一緒だった。父親と娘の組み合わせは我が家と同じだ。クライマーEさんはラルゴというサークルを運営なさっている。この1ヶ月後に古処山で御一緒した。

  NRBさんはこの大集合の呼びかけ人だ。今年で3回目、大がかりな行事なので運営の苦労は大変だったと思う。宴会での挨拶からはやまびこ会に寄せる思いが伝わってきた。

 ミラさん、tetu-1さんには何度も島原でお世話になっている。いつも日帰りだったが、今回は島原半島に初めて泊まることができた。地元ということで、会場の手配などお疲れ様でした。

 宴会は夜遅くまで続いた。ユリもゲームに参加して楽しんでいたようだった。海辺のログハウスでの夜は更けていった。

  翌朝は早く起きる。レトルトの御飯とみそ汁、天ぷらで朝食。食後のコーヒーもおいしい。みなさんは雲仙普賢岳や九千部岳の山行に出かけられた。私たちは熊本市に向かうのでお先に出発する。出発しようとしていたら、カズさんとミカさんが激励に見えられた。「ユリちゃん大きくなりましたねえ」と言われた。御挨拶をして出発する。

 このあと島原半島南部のドライブを楽しんだ。海岸線を小浜から島原まで時計の逆回りで走る。朝の時間の海辺のドライブは気持ちがいい。

 小浜温泉の湯煙が清々しい。海岸線を走っていると対岸に天草が見える。ところどころに「島原天草長島架橋を実現しよう」の看板がある。

 口の津を通る。私は20年ほど前に鬼池港から口之津港にフェリーで渡ってきたことがある。職場の旅行だった。日奈久温泉に泊まり、フェリーで天草に渡り、天草から島原に渡り、さらに多比良港から長州港に渡った。口之津港を通っても当時の記憶は全く蘇ってこなかった。

 島原鉄道の沿線を走る。昨日も走ったが、島原鉄道が島原半島を時計回りに長い距離を走っているのが分かる。諫早から島原を経て加津佐まで78.5キロ、駅の数は44だという。全線で2時間半ほどかかるようだ。島原鉄道に乗ったことはないが、この鉄道を利用したり、フェリーに乗ると島原・天草の旅を楽しむことができる。海を眺めながらいくつもの漁港をたどって走った。

 今日のお目当ては原城だ。島原の乱の際に一揆軍が立てこもった廃城である。車を止めて少し歩く。天草四郎の墓にお参りする。新しい花が供えられていたので感心した。島原の乱についての説明書きもあった。ユリは最近この辺りを歴史の授業で習っているようだ。オランダ船の攻撃についての説明書きもあった。この付近にはキリシタン墓碑の案内板も目立つ。三万の籠城軍のことごとくが殺されて、生き残ったのが内通者1名だけだったことを思うと、この城跡に立つのは悲哀を誘うばかりで楽しくはない。

 島原港に到着。フェリーの時間がちょうどよくて、あまり待ち時間なしに乗ることができた。2500円は安いと思う。熊本港まで1時間。のんびりと船旅を楽しむ。サッポロポテトを食べ、缶コーヒーを飲む。

 私は船室で司馬遼太郎『街道をゆく17』の『島原・天草の諸道』を読んでいた。今日通り過ぎてきた島原の乱、天草四郎、原城、口之津のことなど興味深い。帯に「天草四郎がどういう人物であったかを考えることは、むだでもあり、痛々しくもある」と書いてある。読んでいると天草に行ってみたくなる。天草五橋を渡ってでなく、海を渡って行きたい。私は熊本県出身だが天草に行ったことはほとんどない。子連れでは一度だけ遠見岳に登り、天草海洋レジャーランドに行った。あれは1997年1月のことでヨシキが6歳、ユリが4歳だった。7年半も前のことだ。二人が歴史に関心を持つようになった今、改めて連れて行きたいと思った。

 熊本港に着いてななちゃんと待ち合わせのJR上熊本駅に向かう。ここには夏目漱石の記念碑がある。駅の前には漱石とラフカディオハーン(小泉八雲)の肖像が掲げられている。夏目漱石は熊本の第五高等学校に赴任するため、1896年(明治29年)4月13日に上熊本駅(当時は池田駅と称されていた)に降り立っている。漱石の像の前で記念撮影などする。

 ななちゃんがリレーつばめに乗って到着。ななちゃんと合流したあと、用事を済ませ、三人で帰った。この日は敬老の日だった。私たちは9月15日に結婚した。当時はこの日が敬老の日だった。日にちは違うが、結婚記念日のお祝いということで、途中洋風のレストランで食事をした。

 この時期に熊本近代文学館では小泉八雲没後百年展が開かれていた。この時は行けなかったが、次の週にユリと二人で訪れることができた。ユリは無邪気に「小泉八雲って小泉首相のおじいさん?」と言っていた。展示内容は「ハーンの少年世界」「ハーンの青年世界」「神々との再会松江」「柔の国の宇宙熊本」「五高におけるハーン」などだった。 

ななちゃん特製のお弁当

自然の家から見下ろす千々石の海

懇親会風景

じゃんけんゲーム

朝食

原城の天草四郎像

原城の天草四郎の墓


上熊本駅の夏目漱石像


熊本近代文学館の小泉八雲展

熊本近代文学館の中にある漱石の人形

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やまびこ会の島原大集合レポート