親父山・高千穂           〜宮崎県高千穂町〜

         2004年8月13日(金) 親父山  読書会(ヨシキ・ユリ)
         登山口(12:00)→(13:20)親父山(13:45)→(14:55)登山口

 読書会の夏の合宿にはほぼ毎年参加してきた。産山村の民宿に泊まることが多かったが、古湯温泉など佐賀の方に出かけたこともあった。一泊二日で一日目は登山、夕食後に読書会で、二日目は観光したり、朝から帰ることもあった。私たち夫婦がここで出会っているので、ヨシキもユリもずっと連れて参加してきた。これまで黒岩山、坊がつる、黒岳原生林、天山、黒髪山などに登ってきた。

 昨年夏は参加しなかったので、今年は二年ぶりになる。ヨシキは中学生、ユリも来年は中学生なのでだんだん参加が難しくなってきている。仲良しだったひかるちゃん、あかねちゃん達が北海道に行ってしまったので、子どもはヨシキとユリだけになる。こういった形で親子そろって参加できるのはあるいはこれが最後かもしれない。
                                            

大観望にて

  
 今年は高千穂に足をのばすことになった。主催者の村上一朗さんがこのところ椎葉や高千穂に足を踏み入れられている。素晴らしい紀行文も残されている。読書会でみんなを案内したいということもあって、高千穂に出かけることになった。6月には下見も行われた。私もお誘いを受けたが、都合がつかずに欠席させていただいた。

 今回のプランは祖母・傾山系の親父山に登り、夜神楽を鑑賞し、国見ヶ丘、高千穂峡、天岩戸神社などをまわろうというものだ。読書会のテキストは古事記で高千穂にはふさわしい。私は高千穂に行ったことはない。家族も誰も行ったことがないので楽しみにしていた。

 8時に朝倉インター近くの山田パーキング集合。参加者は11名。村上さん夫妻、「桜買うたか?」さんと彼氏、坂口さん、モロさん、Iさん、我が家の4人だ。3台の車を連ねて走る。日田インターで降りて、小国へ向かう。大観望で小休止。この後宮地に出て、根子岳の麓を巻いて高森に出る。我が家は南阿蘇国民休暇村のキャンプ場をよく利用したのでこの辺りは懐かしい。

 高森から高千穂に向かう。このコースの運転はかなり久しぶりだ。道がとてもよくなっている。高千穂町に入り、四季見原キャンプ場の標識を見て山に入っていく。竜が岩滝の駐車場で登山組と滝遊び組とに分かれる。登山に参加するのは6名。モロさん、坂口さん、「桜買うたか?」さんの彼氏とヨシキ、ユリ、私である。

 更に車2台で上っていく。道が狭くて運転を誤ると転落するような所を走る。舗装が切れていて車が壊れそうなデコボコ道もあって緊張する。登山口には駐車スペースがあった。

 祖母傾山系の登山は4回目だ。1988年10月に北谷登山口から祖母山に登った。登山家の吉川満氏と出会って二人で歩いた。1995年5月に福岡山の会で宇土内谷から大崩山に登った。このときは庵鹿川に泊まった。1999年7月には自然を愛する会で黒仁田から傾山に登った。このあたりにあまり来ていないというのはアプローチの遠さが原因だと思う。

 親父山の「オヤジ」は熊のことらしい。祖母傾山系には熊がいたとのこと。私はこの山の名前は以前から知っていた。ヨシキが生まれたときに親父になる記念にこの山に登りたいと思ったことがある。しかし登ることなく今日を迎えて、親子で登ることになった。

 準備をして登山開始。最初は橋や沢を渡る。やがて急登になる。息が切れる。モロさん、「桜買うたか?」さんの彼氏、ヨシキの三人が先行する。坂口さんは体調がよくないらしいということで後から着いてこられる。ユリと私が真ん中を行く。30分ほど急な坂が続くが後は緩やかになる。上がってくると左側の展望が開けて、黒岳が望めるようになる。

 私もどうも調子がよくない。1週間前に古処山に登っているが、息が切れて足が上がらない。原因は何だろうかと思う。ユリに励まされながら二人で登っていく。一本道なので迷う心配はない。

 山頂近くなり先に着いているヨシキと「ヤッホー」と声を掛け合う。「黒岳分岐」の標識があるとすぐ山頂だ。標識は「親父岳」となっている。この山頂は縦走路のピークという感じだ。

 坂口さんがまだだが、大気が不安定で午後から雷雨の不安もあるので、食事を始める。我が家はななちゃん特製の弁当だ。お握り、焼き肉、卵焼き、ウインナーなどだが、いつものようにヨシキとユリは激しく争って焼き肉を奪い合っていた。

 山頂からの展望はいい。障子岳、古祖母山など縦走路の山々が見える。いつかこの道を歩いてみたいと思う。モロさんは障子岳方面のリサーチをなさっていた。

 山頂はガスがかかり急に寒くなったりした。赤とんぼが舞っている。1時半を回っているので早めに降りた方がいいということで、食後すぐに下山する。

 下山はモロさんと「桜買うたか?」さんの彼氏の二人が先行する。坂口さんは途中で休んで居らっしゃつた。親子三人でゆっくり降りる。急な下り坂なので慎重に降りる。ヨシキは急なところもスイスイ降りるが、ユリは怖がって時間がかかっていた。

 歩きながら色々と話した。私が今日登りで調子がよくなかったのはどうしてだろうか。体重を減らす必要、トレーニングの必要があるようだ。摂生して末永く登山を続けられるようにしたい。

 登山口に戻ってくると、すぐに出発。ヨシキを歩かせて、道が悪いところで車を傷めないよう注意する。竜が岩滝の駐車場で合流する。ヨシキとユリが滝遊びがしたいというので、村上さん達はまた滝に出かけられた。

 四季見原のキャンプ場の近くだが、今回リサーチすることはできなかった。いいキャンプ場のようなので是非また来たいと思う。

 16時半に今日の宿の国民宿舎高千穂荘に到着する。会費が一万三千円ということで、読書会としてはかつてない値段だ。部屋割りの後、入浴する。登山の後なのでとても気持ちがいい。いい風呂だった。

 18時から夕食。高千穂牛など豪華な料理が並んでいた。1時間あまりの楽しい宴会だった。「桜買うたか?」さんと彼氏の馴れ初めなどの話題で盛り上がった。彼氏は臼杵の人だった。臼杵には行ったことがあるので話しやすかった。

 19時半から夜神楽見物に出かけた。高千穂神社へは歩いて行くことができる。見物料は一人500円だ。20時から50分間ほど。見物客は100名は超えていた。

 夜神楽は岩戸神楽とも呼ばれ、秋の実りに対する感謝と翌年の豊饒を祈願するものという。33番あるそうだが、観光夜神楽は「手力雄の舞」(たぢからおのまい)「鈿女の舞」(うずめのまい)「戸取の舞」(ととりのまい)「御神躰の舞」(ごしんたいのまい)の4番だけ公開されていた。最初の3番は天照大神が天の岩戸に隠れられた折りに岩戸の前で、天鈿女命が調子面白く舞っている様子を表現している。最後のものはイザナギ・イザナミが酒を造ってお互いに仲良く飲んで抱擁しあい夫婦円満を象徴しているという。

 餅まきがあって、一個拾うことができた。写真を撮る人たちが目立った。ユリは眠そうにしていたが、ヨシキは真剣に見ていた。

 21時半から読書会。古事記の輪読会で、神武天皇から読むことになっていたが、夜神楽のこと、高千穂と古事記のことなどを話し合っているうちに夜が更けていった。知的な会話を楽しむことができた。

 翌朝は6時半に目覚めた。ユリもすぐに起きてきたので二人で周辺を散歩した。昨夜神楽を見た高千穂神社まで歩いた。大きな神社だった。

 朝食はバイキング。和食の食材が豊富だった。なかなかおいしかった。レストランの入口に高千穂の焼酎が展示してあった。

 9時半にチェックアウト。国見ヶ丘に向かう。ここは神武天皇の孫の建磐竜命が国見をしたとされている。標高は513メートル。秋の雲海の名所ということだが、高千穂の町や祖母傾方面の展望がいい。日陰は涼しいところがあり、気持ちがよかった。広いところでかなり歩いた。

 川田順という歌人の歌碑があった。

「はるかなる神代はここに始まりぬ高千穂村の山青くして」

 ニニギノミコトの像もあった。日向国風土記逸文の碑だ。地元の神がニニギノミコトに従うという話だ。

 この後、「道の駅」に行く。ここでソフトクリームを食べたりして休憩した。高千穂峡を目指すが、避暑のために訪れた観光客が多く、全く駐車することができずに断念した。高千穂町中心部の神代庵というそば屋さんでざるそばを食べる。風情のある店だった。

 最後に天岩戸神社に行く。天安河原まで歩いて降りる。ここの歩きも長かった。八百万の神々が岩戸開きの相談をしたと伝えられている場所だ。ななちゃんの出身地の安川との地名の類似が面白い。

 村上さん達は武道館の所にある歴史民俗資料館に立ち寄られることになった。我々はここで失礼した。土産物を買って帰途に着いた。松橋から高速道路を利用することにした。五ヶ瀬町、蘇陽町、清和村、矢部村、砥用村、中央町、松橋町を走った。道路はとても運転しやすかった。行きは山越えが多くユリが気持ち悪がっていたが、帰りは気持ちよく眠っていた。

 途中で通潤橋に寄った。3年前にもヨシキユリと寄ったが、今回も橋を眺めただけだった。運転しながら、この辺りでの過去の記憶を思い出していた。

 松橋インターから久留米インターまで高速道路を走る。車は多かったがこの区間の渋滞はなかった。17時半に帰り着いた。

 高千穂は遠かったが、ななちゃんのマーチの中で親子4人で長い時間を過ごした。親子の会話も弾んだ。ふだんはなかなか会話ができないので、親子のふれ合いという視点でいい旅行だったと思う。村上さんはじめ、異業種の人たちとの知的な社交は私たちにとって大きな意味がある。こういった付き合いは大切にしていきたい。

 村上さんが高千穂についてエッセイを書かれていたので転載する。

親父山山頂にて

下山時に沢のほとり

竜が岩滝入口にて

高千穂荘の夕食風景

高千穂神社の夜神楽

川田順歌碑

ニニギノミコト


通潤橋


「鬼降る森」        
                         村上一朗
 仕事とは直接関係ないが、社内メンバーを中心に長年読書会をしている。常連の友人や飛び入りの知人もあり、誰が来られてもいい私的な会である。いま古事記を読んでいる。毎年夏には夏山合宿をする。今年は祖母山系の親父岳というのに登り、古事記所縁の高千穂に泊った。高千穂神社では観光御神楽も見たが、地元の蕎麦屋に入ったら、高山文彦署名の色紙が掲げてあった。あ、高山さんも来てるんだ、と漏らしたら店の主が「高山さんなら今日、もうすぐ来ます」と。メンバーの一人が高山文彦著『鬼降る森』を持っていた。聞きつけた主は「サインを貰って上げましょう」と言う。会えればちょっと話したいとも思った。だが皆ながゆっくり蕎麦を食べ終っても高山さんは現れなかった。よろしくと言って発ちかけると主はなおも「本を預かれば貰っときますよ」と言ってくれる。ちょっと悪い気もしたがもう帰るのでと、失礼をしたのだった。
 『鬼降る森』は、高千穂に生まれ育った高山さんが故郷のことを書いた本だ。一見平俗な暮らしを続ける人々の、意識の古層への共感が気持ちよく伝わる。ご多分にもれず、始めは山村に育った青年が泥臭い田舎を恨み、広くて自由な都会に憧れて出奔するが、やがて故郷の人間味に気付く。明治以来繰り返されて来たそういう構図が高山さんにもあるが、こういう本がもっと出て、もっと読まれねば、と思う。アメリカやヨーロッパばかり見ていても、もう何にも始まらないのではないか。蕎麦屋の主の顔には、わが村のレポートを誇りに思っていると書いてあった。そういうレポートがあり村があることを僕らも誇りにしたいと思う。高千穂は美しかった。

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