柳生街道・この1年をふりかえる   〜奈良市〜

           2003年12月28日(日) 柳生街道  ヨシキ
奈良の柳生街道車道終点(8:50)→(10:55)円成寺(11:40)→柳生バス停(13:00)→芳徳禅寺→(14:00)柳生バス停

 家族旅行で関西に出かけることになった。2001年12月、2003年1月に次いで、3冬連続になる。生駒山、二上山、天保山に登り、山の辺の道を歩き、東大寺、奈良公園、司馬遼太郎記念館、大阪城などを楽しんできた。

 今年はNHKの大河ドラマで『宮本武蔵』が放映された。武蔵巡りということで、熊本の武蔵塚、島田美術館や下関の巌流島に出かけた。奈良には柳生街道というウォーキングコースがある。奈良から柳生の里までの20キロの道のりだ。かつて武蔵も歩いたという道を歩いてみたいと思った。中学生になってヨシキは剣道を始めた。吉川英治の『宮本武蔵』を読破し、NHKの大河ドラマも毎週見ていた。柳生街道を歩くということをメインに旅行の計画を考えた。
                                              

柳生街道を歩く


 家族それぞれの日程の都合もあり、ヨシキと私が先発して、1日目に奈良に泊まり、ユリとななちゃんが2日目に来て、大阪に泊まり、3日目は一緒に行動することになった。

 27日の早朝に出発する。ななちゃんに甘木駅まで送ってもらう。新幹線の中ではヨシキは眠っていた。11時に大阪に着く。今日は大阪の黒門市場と芭蕉終焉の地を見学したあと、奈良に向かった。奈良では志賀直哉旧居と春日大社に立ち寄った。奈良の中心部のホテルに泊まった。

 翌朝は6時に起きる。念願の柳生街道歩きに出かける。天気もいいようだ。朝は寒いが日中の気温は上がるらしい。出発の準備をして、6時50分にチェックアウト。バイキングの朝食だが、ヨシキは普段の自宅での朝食メニューぐらいしか食べなかった。フルーツにも手を出さなかった。

 近鉄奈良駅のコインロッカーに荷物を預けてタクシーを拾う。柳生街道の入口まで千円あまり。道程が長そうなので出発点の破石バス停から1キロほど省略した。

 いよいよ歩き始める。いきなり石畳の道。沢沿いに登っていく。車が入らない感じのいい歩きだ。春日山原生林の中を歩いていく。ここから円成寺までのおよそ10キロを「滝坂の道」というらしい。

 途中に寝仏など色々な史跡がある。首切り地蔵のところに休憩所がある。登山届のような記録簿も置いてあったので記入した。このあと急な登り坂になり、峠茶屋と呼ばれる茶店に着く。時間が早いのでまだ開いていなかった。ここは飲み代のカタに槍や鉄砲が残されているという時代劇に出てくるような茶店だという。

 この付近からしばらくは車道歩きになる。柳生の山村ののどかな風景を見ながら歩くと再び土の上を歩くようになる。日陰には雪も残っていた。長い下りのあと、車道に出ると円成寺だ。

 平安時代の創建だが、応仁の乱で焼失、再建されたという。国宝の大日如来座像は運慶が20歳の時に作ったとのこと。庭園も落ち着いた感じで、休憩も含めて45分もここで過ごしてしまった。

 お茶やおやつの時間のあと、腰を上げる。これから10キロほどの「剣豪の里」歩きだ。忍辱山のバス停がすぐにある。天気はいいが寒いので熱い缶コーヒーを買う。これを手にして歩くとホッとする。歩きながらヨシキと回し飲みをする。

 自然歩道に入るが、東海自然歩道らしい感じのいい道を歩く。柳生の氏神の山口神社を経て、大柳生の集落の中を歩く。曲がり角が多いが標識が整備されているので間違えずに歩くことができる。

 集落を抜けると「おふじの井戸」がある。柳生宗矩が洗濯中のおふじと問答の末に惚れ込んで妻に迎えたというロマンの井戸だとのことである。ただヨシキは「大河ドラマの武蔵では、柳生宗矩の妻はおふじではなかったような気がする」と言っていた。あとで調べると宗矩の正室はりんといい、和久井映見が演じていた。おふじは側室のようである。

 このあと柳生街道最大の難所を越える。石畳の傾斜の厳しい道を越える。私はゼーゼー言いながら登るがヨシキは元気に走って登っていく。体力的には彼の方が上だ。この辺りは残雪が多く、峠付近の道端にはかなり残っていた。

 長い下りを滑らないように注意して歩くと、開けた柳生の里らしきところに出る。柳生八坂神社から柳生藩家老屋敷に向かう。この辺りには道の真ん中にも雪が残っていた。

 家老屋敷は残念ながら年末で休館だった。『徳川家康』で有名な作家の山岡荘八の所有になり、『春の坂道』の構想はここで練られたという。資料館として公開されているとのことだが、残念だった。『春の坂道』は1971年にNHKの大河ドラマで放映されている。

 柳生の里に13時にたどりついた。十兵衛食堂や柳生バス停に立ち寄るが、柳生一族の菩提寺である芳徳禅寺まで引き返すことにする。柳生小学校の前を通り過ぎる。この学校は剣道が盛んだという。芳徳禅寺までは坂道を登る。芳徳禅寺には柳生や武蔵関係の資料が展示されている。ヨシキは興味深く見入っていた。この裏には柳生一族の墓地があった。宗矩、石舟斎、十兵衛の墓もあった。ひっそりとした所だった。

 墓地から戻る途中に、柳生バス停へ近道の表示があり、自然歩道が作られていた。途中にししおどしもあり、風情のある道だった。

 14時に十兵衛食堂に入る。6時間の歩きで疲れた身にはありがたい店だ。ヨシキは鍋焼きうどん、私は十兵衛うどんを食べる。寒かったので温かいうどんはおいしい。ぜんざいも食べて、ここで1時間あまり休んでいた。柳生の里案内のチラシなども置いてあり、この柳生の里も大河ドラマ『武蔵』関連でイベントが行われていたということが分かる。

 15時半のバスに乗る。奈良まで50分、950円だ。意外に乗客が多かった。大柳生や円成寺などを通り過ぎる。山道で揺れるが車窓の風景を楽しんでいた。

 近鉄奈良駅の「なら奈良館」に立ち寄る。奈良市周辺の東大寺、興福寺、法隆寺などの資料が展示されていた。奈良の概要をつかむにはいいところだった。

 大阪行きの切符を買って電車に乗る。発車した直後にコインロッカーに荷物を置いたままにしていることに気づいた。一駅乗って引き返した。ドジな親子だった。

 鶴橋でJRに乗り換えて大阪駅に向かう。途中ライトアップされた大阪城が見えた。グランヴィア大阪は大阪駅に直結しているので便利がいい。我々が着くとななちゃんとユリは既に部屋に入っていた。今日は京都に行って、哲学の道を散策し、銀閣を見てきたとのこと。

 夕食は大丸で買ってきたお総菜だが、これがなかなかおいしい。柳生街道歩きの疲れもあってぐっすりと眠ることができた。

 翌朝は6時半起床、バイキングの朝食だ。メニューが豊富だった。  
8時半にホテルを出る。今日は京都の「きぬかけの道」を歩いた。金閣寺、竜安寺石庭、等持院、仁和寺を見た。仁和寺からタクシーでJR花園駅へ。京都駅まで戻る。京都駅で土産などを買い、帰りの新幹線に乗る。京都駅で買った京弁当を車内でおいしく食べた。帰宅は10時近くになった。

 3回目の関西旅行で慣れてきたように思う。関西は奥が深いので、行きたいところがまだたくさんある。と言うよりも、行けば行くほど行きたいところが増えていくように思われる。飛鳥、吉野、三輪山、法隆寺、西大寺、室生寺、比叡山、鞍馬山、浄瑠璃寺、天橋立、大文字山、六甲山、布引の滝、箕面山、水無瀬、石切地蔵、武奈ヶ岳、賤ヶ岳、伊吹山、大台ヶ原、御在所岳、伊賀上野など思いつくまま挙げればきりがない。今後も通い続けたいと思う。

 今回の旅行でも多くの方の支えがあった。大阪出身の百名山さんから黒門市場のことを教えていただいた。京都に住んでいたことのあるnueさんから等持院のことを教えていただいた。甘木のふっくんは柳生街道を29年前に歩いたということでアドバイスをいただいた。ありがたいことだと思う。 

雪が残っている柳生街道

中間地点の円成寺

おふじの井戸

峠には雪がたくさん残る

柳生小学校の生徒が建てた看板

芳徳禅寺

柳生一族の墓所

十兵衛食堂

 この大阪旅行での柳生街道の20キロ、6時間の歩きが2003年(平成15年)の登り納めになった。山を歩くようになって16年の月日が過ぎようとしている。

 今年一年をふりかえる。ファミリー登山の回数は一昨年36回、昨年33回と比べて、26回と減少した。これはヨシキが中学生になり、勉強や剣道部に時間を取られるようになったことが最大の要因だ。

 ヨシキは19回、ユリは20回山に行った。この記録を取るようになって初めてユリの登山回数がヨシキを上回った。この傾向は今後拡大していくだろうと思われる。

 しかし、ヨシキが4月以降に7回山に行っていることは評価されていいだろう。4月の鶴見岳一気登山や、5月の平尾台、年末の柳生街道など彼は意欲的に歩いていた。中学生なっても時々は親に付き合ってくれるようだ。

 今年は旅行の多い年だった。年が明けてすぐ大阪に旅行した。山の辺の道を歩くことができた。前と合わせて桜井から石上神宮までを歩き通すことができてよかった。「日本一低い山」天保山にも登頂した。3月にはヨシキの小学校卒業旅行ということで、鎌倉に出かけた。鎌倉アルプスハイキングコースを歩いた。鎌倉大仏や西田幾多郎碑を見ることができた。江ノ島のウォーキングもできた。8月には山口に旅行した。青海島の自然散策路を気持ちよく歩いた。そして12月のこの関西である。柳生街道歩きは思い出に残るものだった。

 家族で動いた行事としては、7月に法華院温泉に泊まろうとしたが、大雨に遭い、断念して七里田温泉に泊まった。このときに傘を差して長者原自然観察路を散策した。その際星座のやっさんのお世話になった。

 星座には8月末に宿泊することができた。しろしかさん親子と二世帯で楽しんだ。黒岳原生林の散策もできた。このときにnueさんからお菓子をいただいた。今年もまた星座に泊まることができて嬉しい。

 4月に鶴見岳一気登山に参加した。山キチさんのホームページでこの行事を知った。長い距離を子供二人が歩き通したことは親として嬉しかった。

 5月に宮崎の水流さん一家が平尾台でキャンプをなさったのに便乗した。多くのやまびこ会員が参加した。みなさんと一緒に登山ができなかったのは残念だ。

 8月にミラさん、Tetu-1 さん、さえさんと八方ヶ岳に登った。ユリがお世話になった。

 福岡山の会では、3月に耳納連山「漱石の道」の係をした。4月の背振山の山祭りに参加した。11月の国東半島巡りにはユリと二人で参加して千灯岳に登った。しげさんと黒岩山に登り、やまびこの湯に入った。しげさんは山の会の委員としてホームページ作成に当たられることになった。全面的に協力していきたい。私は来年、九千部山を担当することになっている。

 この他、雁回山、江津湖、安見が城山、大津山、樫原湿原をファミリーで歩くことができた。

 ヨシキが中学生になり、歴史や文学に興味を持つようになってきた。文学散歩、歴史散歩にも熱が入ってきたように思う。

 座禅は昨年9月から始めた。しげさんの勧めで太宰府の戒壇院に通っている。月に2回、第一、第三日曜の8時からだ。自分を見つめ直し、落ち着いた時間を持つことができるようになった。今年は20回座ることができた。うち1回は鎌倉の円覚寺だ。ここで漱石の句碑を見ることもできた。座禅が定着した一年だった。ヨシキやユリを連れて参加したことも何度かあった。

 来年はヨシキが中学2年生になる。ユリは小学生最後の年だ。ファミリー登山も風前の灯である。残された日々を大切に過ごしたいと思う。

2001年12月の生駒山   2001年12月の二上山   2001年12月の山の辺の道
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