宮崎市民の森           〜宮崎市〜

            2003年12月13日(土) 宮崎市民の森  単独
シーガイアオーシャンホテル前(10:55)→みそぎ御殿→江田神社→みそぎ池→みやざき歴史文化館→(13:20)JR蓮ヶ池駅

 7年ぶりの宮崎市だ。 7年前は自動車利用だった。今回は高速バスを利用することにした。久留米インターから宮崎市のバスの往復料金は九千五百円、車だと高速料金だけで一万円を超える。

 始発のバスは久留米インターを6時50分に発車する。まだ薄暗い時間に出るのは旅情が感じられる。九州内とはいえ、宮崎市にはなかなか行けない。旅立ちの興奮を味わっていた。宮崎行きの高速バスも初めての利用なので、とても新鮮な気持ちだ。 
                                              

みそぎ御殿

 

  高速バスで南九州に出かけたことは何度かある。夜行バス利用で、鹿児島の開聞岳や延岡の行縢山に登ってきた。延岡行きの夜行バスはその後廃止になった。

 バスの中ではビデオを上映していた。3時間ほどの乗車時間にビデオを見るというのはいい。新幹線などと違って、揺れるバスの中では読書や書き物は適さない。1本の映画作品を見るというのは時間節約になる。ポータブルDVDがあったら便利だと思った。私は映画は好きだがなかなか時間がとれないので痛切に思った。

 加久藤トンネルを過ぎて宮崎県に入ると、霧島連山の雄姿が美しい。韓国岳や高千穂峰が見える。遠くまではるばるやってきたというエキゾチックな気分を味わう。

 人吉、えびの、小林、都城などで降りる人が多い。こちらから福岡に仕事や学校で出てきている人が週末帰省しているのだろう。高速バスの発達は九州の福岡一極集中をもたらしている。

 今回できればどこか山に登りたいと思った。しかし、宮崎市近郊には手軽に登れる山はない。双石山は車でないと厳しい。インターネットで検索していてウォーキングの手頃なコースを見つけた。「ウォーキングレポート」というページには、東京中心に色々なウォーキングコースが紹介されている。歩いたことのある鎌倉や江ノ島も紹介されていた。その中に「神話の里をあるく」ということで、宮崎市のシーガイア中心のコースが載っていた。これを歩いてみることにした。また、宮崎市観光協会のホームページにも「神話散策ルートマップ」というページがあった。これも参考にした。

 10時過ぎに宮崎市に到着する。終点の宮崎駅で下車。バスでシーガイアに向かう。天気はいい。小春日和だ。車窓から見る7年ぶりの宮崎市街地は明るく開放的な感じだ。オーシャンホテルの前で下車。ここから歩き出す。高くそびえるオーシャンホテルは今日のウォーキングの目安になった。

 ほどなく「市民の森」の入り口の案内板にたどり着く。ここからは標識が整備されていて、迷わずに歩くことができた。

 市民の森はとても気持ちのいい空間だった。散策している人、家族連れで森林浴を楽しんでいる人に会うが、それほど人出は多くない。

 みそぎ御殿、江田神社、みそぎ池に行く。古事記神話で黄泉の国から帰ったイザナギノミコトが汚れを浄めたとされるみそぎ池、イザナギ・イザナミを祭る江田神社はどちらも清澄な空間だった。地域の方の手が行き届いていて、清潔な印象を持った。みそぎ池にはスイレンが浮かび、古代に思いを馳せるには打って付けのところだった。

 市民の森の散策を1時間ほど楽しんだ後、みやざき歴史文化館に向かった。途中で椿園を通り、椿を観賞した。ここから3キロほど、ひたすら歩いたが、歩道が整備されていること、交通量が多くないことから、快適なウォークを楽しんだ。日豊本線の踏切を横切り、住吉南小学校から山手に入る。蓮ヶ池史跡公園の中にみやざき歴史文化館はある。

 この施設は宮崎の歴史、文化、神話などを実物やパネル、映像を使って分かりやすく紹介している。「天孫降臨」など古事記神話に関するものを楽しく見ていた。

 この後、JR蓮ヶ池駅まで歩く。ファミリーマートで買ったパスタとパンで昼食にする。この駅でのんびり電車を待った。この付近では昼間は普通電車は1時間に1本しかない。この駅も無人駅だった。南の方を見ると、シーガイアのオーシャンホテルがそびえていた。ここから2駅乗ると宮崎駅だ。今日は小春日和の古事記散策を楽しむことができた。

 泊まった宮崎観光ホテルの近くに川端康成の記念碑があると聞いていたので、同行の人と早朝散歩に出かけた。大淀川沿いにフェニックスやハイビスカスが植えられ、橘公園として整備されている。端まで行ったが分からずに、引き返してきたところ、ホテルの前に立派な記念碑が建っていた。「たまゆら」の記念碑である。

 川端康成はNHKの朝ドラの原作「たまゆら」を執筆するために1964年11月に宮崎市を訪れたとのこと。2日間の予定が当地を気に入って15日間に及んだとのこと。1965年の朝ドラの放映などで、宮崎の人気は上昇、1974年の105万組の新婚カップルのうち、37万組が宮崎を訪れ、「新婚旅行のメッカ」と言われるまでなったという。川端康成は大淀川河畔の夕陽に感動したと伝えられている。

 川端康成は日本各地を旅行している。私もくじゅうの記念碑、伊豆の踊子歩道、新潟県の湯沢温泉などを訪れている。川端康成の記念碑はあちこちにある。

 この後、宮崎神宮に立ち寄った。7年前は宮崎神宮と平和台公園に行っているが、その時の記憶は薄らいでいた。宮崎神宮は神武天皇を祭ってある。皇室発祥の地である。スケールの大きい厳かな空間だった。ここで交通安全のお守りを買った。

 今回は時間がなかったが、市民の森の散策ができたことはよかった。もう少し時間があれば西都原古墳、飫肥(おび)、都井岬なども訪れてみたい。西都原古墳の付近は風情があるらと聞いている。飫肥は宮崎の小京都と呼ばれている。都井岬への日南海岸のドライブも楽しそうだ。霧島登山は言うまでもない。霧島神宮も行ってみたいと思う。次の機会は時間をかけて楽しみたいと思う。 

江田神社

みそぎ池

椿園

オーシャンホテル

川端康成「たまゆら」記念碑

宮崎神宮1

宮崎神宮2

宮崎神宮3
「たまゆら」〜旅人の心とらえる夕日(宮崎県)

 【たまゆら】

 川端康成(1899〜1972年)は、NHK朝の連続ドラマの原作として執筆。1965年4月から1年間放映された。小説は同年9月から66年3月まで雑誌に発表されたが、未完。定年を前に退社した主人公が、旅先の宮崎市で新婚旅行中の若い夫婦と出会う。新旧世代の生き方を対比しながら、それぞれが幸福を求める姿を描いた。
 
 たまゆらは「かすか」「しばし」を意味する古語で、漢字では「玉響」。川端は「日本の美しさのなにかを描きたかった」と話していた。新潮社「川端康成全集第十七巻」(絶版)。代表作の「雪国」「伊豆の踊り子」などは「こまやかな日本人の感情を美しい文章で表現した」と評価され、68年にノーベル文学賞を受賞した。

 「また夕日を見たい」と2日目。「もう1度、見たい」と3日目……。川端康成は宮崎市・大淀川河畔のホテルを動こうとしなかった。そして、生まれたのが「たまゆら」だった。夕日を眺めていると、美しい物語が生まれるのだろうか。こんなことを考えながら、河畔を歩いた。
 
 空を映し、あかね色に染まった川面。きらめきの波紋が広がり、フェニックスの並木が黒いシルエットに変わっていった。日が沈みきると、時の流れがとまったように感じた。
 
 ◆川端康成も15日間滞在
 
川端康成を魅了した大淀川河畔の夕焼け(右は宮崎観光ホテル)
 川端が訪れたのは1964年11月。NHK朝の連続ドラマ原作の取材のためで、宮崎観光ホテルに泊まった。
 
 「空港からホテルに向かうタクシーの中で『夕日が美しい』とおっしゃってました。2泊の予定が15日もの滞在になりました」
 
 案内役を務めた渡辺綱纜(つなとも)さん(72)は振り返る。当時は宮崎交通企画宣伝課長だった。
 
 〈ニ人は川べりに立って、夕映えのなかにつつまれて夕映えをながめた。夕映えは大川の水面にもひろがって来ていた〉
 
 河畔の橘公園には、「たまゆら」の1節を刻んだ文学碑が建っている。物語の2人は新婚旅行中。渡辺さんは「先生の部屋以外は全室、新婚客でした」と話す。
 
 ◆新婚旅行のメッカ
 
昭和40年代、新婚夫婦が次々に訪れ、華やかだった宮崎市青島海岸の「こどものくに」(宮崎交通提供)
 60年に昭和天皇の五女で、新婚だった島津貴子さまご夫妻、62年に天皇陛下、皇后さま(当時、皇太子、皇太子妃)が宮崎市を訪問。カップルのあこがれの地になり、「たまゆら」の放映がさらにあおった。74年には、新婚105万組のうち37万組が宮崎を訪れた。
 
 ホテル裏の理容店で、店主の酒井哲雄さん(67)は「毎朝、スーツ姿の新郎4、5人が髪のセットに来ていました。『カメラのシャッターを押してほしい』とよく頼まれました」と懐かしがる。
 
 だが、ハネムーンの場所は沖縄やハワイ、グアムなどに。ピーク時、年間400万人を超えていた県外からの観光客は、2001年には296万人に減った。河畔(左岸)には30軒以上のホテル・旅館が並んでいたが、今は8軒。
 
 「にぎわいを取り戻したい」とホテル経営者らが、温泉を掘削した。98年に掘り当てた泉源は地下1300メートル。夕日が見える展望浴場、南国ムードの露天風呂、打たせ湯……。「たまゆら温泉」と名付け、各ホテルが趣向を凝らす。全国募集した温泉名で最も多かったのが「たまゆら」だった。
 
 ホテル神田橋の専務、重永光慶(ひろやす)さん(61)は「2年前、温泉祭り(1〜3月)を始めました。神楽の公演やドラマ『たまゆら』写真展を開き、2、3度来られるお客さんが増えてきました」と話す。

 橘公園を近くの清武哲郎さん(72)、国子さん(68)夫婦が散歩していた。「ここで新潟の新婚さんと知り合い、『親切にされたお礼に』とせんべいが送られてきたことがありました」
 
 夕日に包まれた若い2人も、今は熟年カップル。再訪し、河畔にたたずむ夫婦も多い。険しかった道を振り返り、豊かな老いをともに迎えよう――。落ちる日は、こんな思いを抱かせるのかも知れない。 

「物語の中のふるさと」より転載しました。

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