飯田山           〜熊本県嘉島町〜

               2003年11月30日(日) 飯田山  単独
      益城町登山口(9:55)→常楽寺→(10:55)飯田山(11:10)→常楽寺→(12:10)登山口

 久しぶりに熊本に帰省した。ヨシキとユリを連れての帰省はこの10年間たびたび実施してきた。2泊3日で帰省して、一日は一人で山に行き、もう一日は子連れで山に行ったりしていた。子供が大きくなってきてからは日程の確保が難しく、1泊2日で親子登山のみをすることが多くなってきていた。

 今回も色々あって29日の夕方熊本に着いて、30日の午後には帰るという強行日程になった。
                                              

飯田山遠望


   この一日をどうしようか事前にあれこれ考えた。こういう計画を練るのは楽しい。釈迦院の三千段の石段、草枕ハイキングコース、天草の次郎丸岳、金峰山の二の岳、三の岳などが候補だった。ヨシキとユリを連れていくつもりだったが、ユリは先週の国東半島で疲れていた。ヨシキは期末テストで疲れていた。熊本のおじいちゃんの家で留守番すると言う。私一人で出かけることになった。

 この前夜、熊本日々新聞社から98年12月に刊行された『熊本百名山』を眺めていたら、嘉島町の飯田山という山が目に止まった。標高431メートルで低いが何となく楽しそうな山である。金峰山と背比べをしたという伝説も残っている。自然が豊かで静かな歩きが楽しめるということでここに登ることにした。

 8時過ぎに出発したが、道に迷って登山口到着は遅くなった。443号線の飯野小学校の所から3キロほど狭い道を運転する。登山口は池の畔で、ゲートボール場も隣接している。8合目の常楽寺の参道が登山道になっている。

 苔むした風情のある参道を登っていく。一丁ごとに新しい石仏が設置されている。途中車道を少し歩くが感じのいい道を40分ほどで常楽寺に着く。常楽寺は平安末期に建立されたといわれている天台宗の寺だ。山門の石段は「乱れ積法」という珍しい積み方だという。風情があり、見る価値のあるものだと思った。境内には銀杏の落ち葉がいっぱいだった。誰も居なくて清閑な雰囲気が感じられた。

 山頂へはここから15分ほど。一気に登る。途中で白山権現に立ち寄る。山頂は林の中で展望はない。しばらく休憩して降りる。

 下山時に常楽寺の下の展望所でゆっくりする。ここからの金峰山の展望は素晴らしい。天気がよくて正面にはっきりと見える。その左側には遠く雲仙を望むことができる。

 のんびりと降りて、登山口に帰ってきた。登ってくる親子連れにもあった。幼児連れにはいい山だと思う。

 この山は気に入った。ヨシキやユリを連れて来てみたいと思った。厳かな雰囲気が味わえるというのもいい。

 一丁置きに設置されていた石仏を紹介しておく。ちなみに四菩薩とは、観世音菩薩、弥勤菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩である。

   水子地蔵
一丁 不動明王
二丁 釈迦如来
三丁 文珠菩薩
四丁 普賢菩薩
五丁 地蔵菩薩
六丁 弥勤菩薩(みろくぼさつ).  
七丁 薬師如来
八丁 千手観音
九丁 勢至菩薩(せいしぼさつ)
十丁 阿弥陀如来
十一丁 阿閃如来(あしゅくにょらい)
十二丁 大日如来
十三丁 虚空蔵菩薩

登山口の池

飯田山頂

常楽寺

乱れ積法の石段

展望台から望む金峰山と雲仙

一丁 不動明王

二丁 釈迦如来


三丁 文珠菩薩


四丁 普賢菩薩


六丁 弥勤菩薩(みろくぼさつ).  


七丁 薬師如来


八丁 千手観音


九丁 勢至菩薩(せいしぼさつ)


十丁 阿弥陀如来

熊本国府高等学校パソコン同好会による飯田山の背比べ伝説を転載する。

その昔、飯田山(いいださん)が金峰山(きんぼうざん)に背くらべを申し込んだところ、金峰山は「オレに勝つはずがなかろうが」と軽くあしらいました。そこでムッときた飯田山は「いや、自分の方が絶対に高い!」と言い張り、結局互いの項上に樋(とい)をかけて水を流しどちらが高いのか比べてみようということになりました。

 そこで、山頂間に樋を渡し、水を流してみると、高さ自慢を言い出した飯田山の方へ流れてしまい、すっかり恥をかいた飯田山は「もう言い出さん」と言ったとか。このことから、いつの間にか「飯田山(いいださん)」と呼ばれるようになったそうです。また、飯田山の頂上付近にある池はこの時の樋の水がたまってできたものといわれています。

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