熊本武蔵・漱石巡り       〜熊本市〜

                                                  


武蔵塚公園の宮本武蔵像
   ヨシキとユリを連れて熊本に帰省することになった。お盆の墓参りのためである。2日間だ。もちろんいつものようにどこか山に行きたいと考えていたが、天気はあまりよくない。回復しないかと淡い期待も持っていたが、やがて本格的な雨になった。山は断念して宮本武蔵や夏目漱石の文学歴史散歩を楽しんだ。13日には江津湖の花火大会が盛大に開かれた。遠く離れた熊本駅近くの実家からも花火を拝むことができた。この日は関門海峡花火大会も開かれていた。

 宮本武蔵は晩年の5年間を熊本で過ごしている。1640年から1645年までだ。62歳で亡くなっている。今年はNHK大河ドラマで「宮本武蔵」が放映されているので、武蔵ゆかりの地はクローズアップされている。熊本市の武蔵関連の名所は、座禅を組んで「五輪の書」を著した金峰山の麓の霊巌洞、細川氏の居城熊本城、武蔵の墓があるとされる武蔵塚公園、武蔵の遺品などが収蔵されている島田美術館などである。今回は武蔵塚公園を訪れた。

 武蔵塚公園は熊本市と菊陽町との境にある。熊本市の中心部からは遠いところだ。雨の中、到着すると広い駐車場がある。茶屋の前に駐車する。入場は無料。ヨシキ、ユリとおじいちゃんと私の4人で歩く。中は広い日本庭園だ。中央に武蔵の銅像が立っているので傘を差して記念撮影をする。

 茶屋には武蔵関連のグッズやお土産が売ってあった。ヨシキは木刀を欲しがっていたが、親を叩くといけないので買ってあげなかった。食堂のメニューには武蔵うどん、小次郎うどんというのがあった。

 ヨシキ、ユリを連れて熊本市内坪井の夏目漱石記念館を訪れた。子連れで行くのは3回目だ。2年前の6月にユリと二人で行って以来になる。熊本の第五高等学校(今の熊本大学)教授だった夏目漱石は熊本で何度も引っ越すが、この5番目の家を一番気に入っていたということで、熊本市指定の史跡ということになっている。

 漱石は1896年(明治29年)から4年あまり熊本で過ごす。五高では英語の先生だった。この間に中根鏡子と結婚する。子供も生まれている。

 この時期に漱石はよく旅行をしている。耶馬渓旅行などもあるが、「草枕」のモデルになった小天温泉への旅行、久留米の耳納連山を歩いた旅行、「二百十日」のモデルになった阿蘇旅行が有名だ。ここには特にこの二つの作品について詳しく展示してある。1996年には「漱石来熊百周年」のイベントが熊本で行われ、この記念館や草枕ハイキングコース、漱石関係の文学碑などが整備されている。

 ヨシキとユリは夏目漱石の人形で遊んだり、「記帳簿」にユリが2年前に書き残した文章を発見したりして喜んでいた。

 熊本近代文学館にも立ち寄った。ここは熊本県立図書館の分館だ。熊本市体育館の隣にある。昭和60年に開設された。静かな落ち着いた雰囲気の館内だ。熊本県出身の徳富蘇峰、徳富蘆花、高群逸枝、中村汀女、徳永直、石牟礼道子、光岡明、安永蕗子、熊本県ゆかりの夏目漱石、種田山頭火、小泉八雲(ラフカディオハーン)などの文学者の資料が収められている。入場は無料だ。

 ここは2月にも来た。ヨシキはパソコンで遊び、ユリは俳句を記帳していた。私は「夏目漱石と熊本」というビデオを見ていた。のんびりと過ごすにはいいところだと思う。

 今回は雨で実行できなかったが、ここを起点に江津湖遊歩道3.4キロが設けられている。沿道に高浜虚子、夏目漱石、中村汀女、安永蕗子などの記念碑もあるので歩いて楽しいコースだ。

 今回は雨に祟られてアウトドアが全くできなかったが、文学・歴史散歩を楽しんだり、街ウォークを楽しむことができた。紀伊國屋書店などの大きな本屋の中を歩き回ることは精神衛生上とてもよい。よい帰省だった。

武蔵塚公園

夏目漱石旧居

漱石の人形で遊ぶ

熊本近代文学館

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