長者原自然観察路           〜大分県久住町〜

       2003年7月20日(日) 長者原自然観察路 ヨシキ・ユリ・ななちゃん
              長者原(12:30)→自然観察路一周→(13:00)長者原

 この夏最初の家族でのイベントということで、法華院温泉に家族4人で泊まることにした。法華院には昨年夏にヨシキ、ユリ、私の三人で宿泊した。今年はななちゃんも加えて家族全員で行くことにした。日程をいつにしようか迷ったが、夏休みの最初に企画することになった。

 この計画を掲示板に出したところ、大分のnueさん一家も同じ時に坊がつるでキャンプをするかもしれないという連絡をいただいた。nue さんところは6年生と4年生の男の子だ。これは賑やかになりそうだと楽しみにしていた。

 例年ならこのころまでに梅雨が上がり、この時期は「梅雨明け十日間」の晴天が続く頃である。ところが梅雨は明けそうで明けない。この日も雨になった。それどころか前日に福岡市は博多駅が水没するような豪雨に見舞われた。飯塚市も商店街の大半が水に浸かり、嘉穂劇場が壊滅的な被害を受けた。そして、この日は水俣市を始め、九州各地が局地的な集中豪雨に襲われ、多数の死者、行方不明者を出していた。そんな中でのくじゅう行きになった。     
                                              

星座の中で

 この日の朝起きると、甘木は曇りだった。雨は降っていなかった。耳納連山の稜線部分にはガスがかかっていたが、大したことはないように思えた。予定通り、準備をして出発する。自宅を8時に出て、中村屋のおにぎりを買って、甘木インターから高速道路を走る。曇り空だったが、九重インターを降りて、長者原に向かう坂道を登り始める頃から雨が降り出した。

 運転しながらどうしようか考えた。判断に迷うところだ。雨具の用意はしているから、普通の雨なら歩けないことはない。雷は怖い。翌日の天気はどうだろうか。法華院へは吉部から入るようにしているので、やっさんの星座の近くを通る。星座にお邪魔して、やっさんに相談してみようと考えた。

 雨が降りしきる中、星座に到着する。星座はちょうどお客さんが帰られるところだった。しばらく車の中で待ち、お客さんが帰られた後で、星座に上がらせていただく。

 やっさん夫妻とは久しぶりだ。星座には一昨年から何度もお世話になっている。昨年9月には家族で利用させていただいた。

 ヨシキとユリは星座の2階に上がって走り回っている。三俣山が雲に隠れずはっきりと見えている。雨は強いが、雷鳴は聞こえない。なんとかやれそうな気もする。「歩いてもいいと思う人」と言うと、3人が挙手。「やめた方がいいと思う人」と言うと、一人が挙手。

 ななちゃんと二人で外に出て空模様を見る。微妙な雨だ。考えた末に断念の決断をする。苦渋の決断だった。九重での苦渋の決断ということで、洒落にはならない。

 法華院温泉山荘にキャンセルの連絡を入れる。このまま帰るのは空しいので、今夜の宿を探す。やっさんに頼んで色々あたっていただいたが、なにせ三連休中なので厳しい。長湯温泉の国民宿舎もいっぱいとのこと。ようやく七里田温泉のみやま荘を見つけていただいた。一泊二食付き大人六千円、子供五千円という値段の安さに不安になったが、夕食の焼き肉がいいらしいとのこと。

 宿を確保したので、さあこれから何をするか。星座に別れを告げて長者原に向かう。レストハウスで食事をして、雨が降り続く中、自然観察路を歩いてみることにする。ヨシキ、ユリが小さい頃何度か歩いたところだが、長じてからは初めてだ。二人とも理科の勉強をしているので、案内板の色々な解説に興味を示していた。ユリが隊長で号令をかける。雨具を身につけ、傘を差してのんびりと歩いた。

 こりあとで長者原のビジターセンターを見学する。ここもなかなかいいところだ。センターの前で記念撮影。雨具を着た姿が感じが良かった。

 長者原で昔の同僚に会う。15年ほど前に同じ職場で勤務していた方だ。夫婦お二人だった。子供さんはもう大きくなられているはずだ。今夜は法華院温泉山荘に泊まることになっていると聞いて驚いた。これから牧ノ戸に出て、久住山経由で法華院に入るとのこと。睦まじい夫婦だ。

 牧ノ戸峠、瀬の本高原、久住の南側を通って七里田温泉に向かう。午後3時に到着した。みやま荘に着いてチェックイン。部屋に通された後、近くにある七里田温泉館に行って入浴する。ここは大人三百円、子供二百円と安い。お湯から上がってきたななちゃんが「ここはお湯の質がいいので気分転換になった」と言っていた。

 休憩所でしばらくのんびりする。ななちゃんは持参した司馬遼太郎『街道をゆく』を読んでいた。ヨシキとユリは温泉館に置いてあった「ちゃお」を読んでいた。雨が降り続く中、至福のひとときだった。

 休憩室に「七里田温泉今昔物語」という解説文が額に入れて飾られていた。七里田温泉は万葉集に出てくる。長湯温泉と並んで古来から親しまれた温泉だ。登山者の世界では江戸時代の竹田岡城藩主の入山公が有名だ。大船山に何度も登った殿様として知られている。大船山七里田ルートの中腹に入山公碑がある。

 こんなに有名な七里田温泉だが、近年は廃れていた。平成10年にこの七里田温泉館「木の葉の湯」がオープンして人気を集めているとのこと。後で知ったが、nueさん一家もここがお気に入りとのこと。ファンの多い施設のようだ。

 夕食は6時から。焼き肉は食べ放題とのこと。焼き肉の質もよかったが、その他のおかずも充実していた。ユリはご飯がおいしいと言って3ばいも食べていた。ヨシキが食べるばかりでなく、肉を焼いていたのには感心した。先の剣道部での焼き肉の際にも1年生として肉を焼いていたらしい。 

 食事の後は部屋でのんびりと過ごす。読書をしたり、ヨシキは漢字の勉強をしていた。親子4人での静かな時間だった。

 翌朝は8時に朝食。支払いを済ませて、9時前には出発した。温泉と食事が良かったので満足できた宿だった。

 まだ雨の恐れはあるが、天気は快方に向かっているようだ。長湯温泉に立ち寄る。昨年9月にヨシキ、ユリと来た長湯小学校の裏山の文学碑群を訪ねてみる。雨の後で、滑りやすく、頂上までは行かなかった。花田比露思の歌碑と与謝野晶子の歌碑を見学した。

蛾となりてやがてはここへ飛びて来ん芹川に添ふ小さきともし火              (与謝野晶子)
小夜ふかく耳傾けて聴くものか河鹿に似たれ遠田の蛙                   ( 花田比露思)   

 少し高いところから見る雨上がりの長湯温泉はとてもいい感じだった。

 このあとはアップダウンの多い広域農道を運転して湯平温泉に出る。水分峠レストハウスで休憩して、国道210号を走っていく。高速道路が開通してあまり走らなくなった道だが、若い頃の思い出に浸りながら走っていった。私が運転して、ななちゃんが助手席に座っていたので、後ろの座席のヨシキとユリははしゃいでいた。歌を歌ったり、他愛もないことをしゃべり続けている。大きくなってもこういうときは昔のままだ。幼稚な感じもするが微笑ましい二人だ。

 日田のサッポロビール工場に11時半に着いて、レストハウスで昼食を取る。スパゲティ、ピザなどだが、結構おいしかった。物産館で買い物をして帰った。甘木着は13時半だった。

 法華院温泉にはたどり着けなかったが、長者原の散策ができて、七里田温泉に泊まることができた。長湯温泉の文学碑やサッポロビール工場も楽しむことができたので満足のいく家族旅行だった。法華院温泉にリベンジしたいし、星座にも泊まりたいというのが今後の希望である。

雨の長者原

七里田温泉館

七里田温泉館の休憩所でくつろぐ

みやま荘の豪華な食事

花田比露思歌碑

与謝野晶子歌碑
 ななちゃんは「七里田温泉から帰った後体調がいい」と言っていた。ずいぶん気に入っていた。これまで訪れた温泉のベスト3は、大沢温泉、菊池温泉狗奴国城、七里田温泉の3つだと言っている。

 大沢温泉は1997年夏に家族で東北旅行をした際に泊まった。花巻温泉の近くで、宮沢賢治が若い頃泊まった宿だ。菊池砦温泉狗奴国城は熊本に帰省するついでに家族でたびたび立ち寄った。七里田温泉はこの二つに匹敵するいい温泉だとななちゃんは評価している。

 後日談だが、nueさん一家は同じ日に坊がつるでキャンプをなさったそうだ。雨の中のキャンプだったようだが、テントを張って泊まられたようだ。法華院温泉に入りに行くこともできないような雨降りが続いていたとのこと。私はヨシキとユリを危険な目に遭わせないように配慮してファミリー登山を進めてきた。今にして思えば過保護すぎたのではないかという反省もある。こういった経験も時には必要だと思う。nueさん一家の行動力には敬服する。

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