山の辺の道      〜奈良県桜井市/天理市〜

        2003年1月12日(日) 山の辺の道  ななちゃん・ヨシキ・ユリ
大神神社(9:30)→玄賓庵→(10:10)桧原神社(10:30)→景行天皇陵→崇神天皇陵→長岳寺(11:50)→夜都伎神社→天理観光農園茶店→(13:45)石上神宮

 山の辺の道は日本書紀に出てくる。日本で一番古い道とされている。桜井駅から天理駅まで歩くと全長16キロの道のりだ。一昨年12月には桜井駅から桧原神社までの5キロを歩いた。今回は大神神社から石上神宮までの10キロほどを歩いてみることにした。

 ホテルでのバイキングの朝食を終えて出発する。大阪駅からJR環状線で鶴橋駅まで行って、近鉄大阪線に乗る。2001年12月に登った二上山を望んだりしながら東へ向かう。桜井駅に降り立ち、タクシーで大神神社に着く。    
                                              

JR三輪駅

  大神神社(おおみわじんじゃ)はまだ正月気分が漂っていた。参道には出店が並び、多くの参拝客で賑わっていた。門松もあって、その前で記念撮影をした。

 JR三輪駅の前を通った。この付近には「朝倉駅」もある。私の住む福岡県の甘木あさくら地方には「三輪町」「朝倉町」が存在する。なんと奇遇なことだろうか。安本美典氏の邪馬台国東遷説が本当らしく思われてくる。邪馬台国論争は畿内にあったか、北部九州にあったかという論争だが、邪馬台国は甘木あさくらにあり、これが東の方に進んで邪馬台国を建てたというのが安本氏の考えである。

 大神神社から歩き出す。ここから桧原神社までは2001年12月に歩いているので、懐かしみながら歩く。道端に野いちごがたくさんあって、ユリは野いちご摘みに夢中になっていた。

 前回は道がよく分からなかったところもあったが、新しい標識が整備されていた。ずいぶん歩きやすくなっていた。

 桧原神社に到着。前回のゴールだった桧原御休処で休憩する。ワラビ餅、ぜんざい、甘酒などをいただく。ここは山の辺の道の風情を味わえる素晴らしい休憩所だ。山の辺の道に関する本が置いてある。前回来たときに『大和文学散歩』『山の辺の道文学散歩』の2冊の本を買っていたが、その他にも色々並んでいた。

 これからは未知のコースだ。「東海自然歩道」の標識が目立つ。道端にはみかんや柿の無人販売所が何カ所もあった。

 景行天皇陵、崇神天皇陵を通る頃、素晴らしい山里の風景を見ることができるようになる。景行天皇は第12代、崇神天皇は第10代の天皇である。景行天皇はヤマトタケルの父とされている。桧原神社近くにはヤマトタケルの歌碑がある。揮毫者は川端康成だ。この短歌にちなんでこの地域は「大和青垣国定公園」に指定されているとのこと。

大和は国のまほろばたなづく青垣山ごもれる大和し美し(古事記・景行天皇)
 
 高市皇子の歌碑もあった。これは入江泰吉の揮毫とのこと。入江泰吉は奈良に住み、奈良・大和地方の風景・寺社・仏像を撮影し続けた写真家である。1992年に亡くなったが、奈良市写真美術館に作品が収蔵されている。

   神山の山邉真蘇木綿みじか木綿かくのみ故に長くと思ひき(万葉集巻2.157)

 柿本人麻呂の歌碑もあった。この付近には柿本人麻呂の歌碑が多い。これはなんと武者小路実篤の揮毫だ。

    ぬばたまの夜さり来れば巻向の川音高しもあらしかも疾き(万葉集巻7.1101)
   
 やがて今日の中間地点の長岳寺に到着する。ここは空海が開いたと伝えられる古刹だ。参拝客で賑わっている。長岳寺は大神神社から5.5キロのところで、天理の石上神宮までも同じ5.5キロの地点だ。ユリが単調な歩きに疲れたのか元気がない。ここまででリタイヤーしようか、二人ずつで別行動しようかと考えた。ところが、ななちゃんが意欲満々だ。「家族4人で歩き通そうよ」ということで、ユリを励まして歩き続けることになる。長岳寺の少し先に子供向けの公園があり、ブランコに乗ったりして休憩した。

 標高586メートルの竜王山のふもとに柿本人麻呂の歌碑が立つ。人麻呂の妻を葬った山とされている。

  ふすま道の引手の山に妻を置きて山路をゆけば生けりともなし(万葉集巻2.212)

 このあとはひたすら歩く。柿本人麻呂の歌碑や芭蕉句碑などを見ながら進んでいく。登り坂があり、天理観光農園の茶店で小休止して更に登り、下りにかかるとゴールは近い。

 三連休の中日ということもあり、山の辺の道を歩くハイカーに大勢出会った。団体客もあり、マナーに欠ける人たちもいて残念な気持ちも持った。火のついたタバコを投げ捨てている人もいたし、捨てられたミカンの皮も目についた。

 石上神宮の手前はとても風情のあるところだった。静寂な感じを味わうことができた。石上神宮は物部氏の氏神だったということだ。ここも正月の参拝客で賑わっていた。
 11キロの道のりを歩き通したユリは、石上神宮に到着すると元気になってデジカメを振り回していた。なぜか鶏の写真などを撮っていた。

 石上神宮からタクシーで天理駅へ。電車の時間の都合で、駅のホームでコンビニ弁当を食べる。近鉄電車を乗り継いで近鉄奈良線で鶴橋駅へ戻る。ななちゃんとユリはそのまま新大阪駅へ。ヨシキと私はホテルに戻り、荷物を持って新大阪駅に戻る。ここでお土産などを購入する。

大神神社

野いちご摘みに夢中

桧原御休処

中間地点の長岳寺

感じのいい山の辺の道

高市皇子歌碑(入江泰吉書)

柿本人麻呂歌碑(武者小路実篤書)

新大阪駅であかげらさんと

新幹線のプラットホームでやまびこ会のあかげらさんと再会した。あかげらさんはやまびこキッズクラブのことをいつも気にして下さっていた。皿倉山や古処山などでヨシキ、ユリもお世話になっていた。昨年12月に大坂に転居されてしまい、我々も淋しい思いをしていた。

 先日、水流さん一家が大坂に行かれた際に面会されているようだが、私もお目にかかることができて嬉しかった。短時間だが、お話しすることができた。

 この折りに百名山さんからのことづけということで「イカ焼き」をいただいた。大阪のイカ焼きとうのは、イカを丸ごと焼いたイカ焼きではなく、小麦粉と卵の生地に入れて鉄板で上下を焼いたものだ。前日に天保山マーケットプレースで食べたイカ焼きはダメだったが、これは本当においしかった。本物の味だった。百名山さんは大阪が実家なので店には詳しい。「餅は餅屋」だ。やまびこ会でのつながりのありがたさをつくづく感じた。

 11キロ歩いた疲労感もあって、新幹線の中ではうたた寝をしていた。20時に博多駅着、基山まで行ってレールバス乗り換え、甘木に21時過ぎに着いた。

 2001年12月と合わせて山の辺の道を桜井駅から石上神宮まで歩き通すことができて本当に嬉しい。アップダウンがあまりない街道なので、楽しく歩くことができた。周辺に見るべきものがたくさんあるので、本来ならもっとゆっくり歩きたいと思う。三輪山に登ってみたいという思いは強くした。次の機会を待ちたい。

 関西は奥が深い。登山や街道歩きのかたわら、文学・歴史を味わうことができる。司馬遼太郎記念館は周辺も含めて素敵な空間だった。大阪城ももっと丁寧に見たかった。昭文社の『関西周辺ハイキング』には色々な散策コースが載っている。大阪の箕面山、奈良の柳生街道、葛城古道、吉野山、大台ヶ原、京都の比叡山、大原、神戸の摩耶山、播磨アルプス、須磨アルプス、六甲山、琵琶湖周辺の伊吹山、武奈ヶ岳、賤ヶ岳なども行ってみたい。関西の山の標高は高くないが、街道歩きが楽しめるようだ。

2001年12月の山の辺の道レポート

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