天保山           〜大阪市港区〜

        2003年1月11日(土) 天保山  ヨシキ

 家族4人で大阪に旅行をすることになった。この年末年始は日程の調整が難しく、熊本に帰省した他は泊まりがけで出かけることはできなかった。それでこの3連休の一日目と二日目で、一昨年12月と同じ大阪に出かけることにした。山の辺の道を全体の3分の1しか歩いていないので、残りを歩くこと、ななちゃんの好きな司馬遼太郎の記念館を見ること、ヨシキが歴史に興味を持ち始めているので大阪城を見学すること、ユリが行きたいという海遊館に行って観覧車に乗ることなどを頭に置いて旅行の計画を立てた。

 大阪は福岡から近い。博多と新大阪は新幹線のぞみ号で2時間半だ。一日目の11時から二日目の5時半まで大阪にいるというプランになる。2001年12月に大阪に行ったときはヨシキと私が二泊で、ななちゃんとユリが一泊という先発後発というやり方だったが、今回は終始4人で一緒に行動した。

                                            

小阪駅前の商店街「にらめっこ」


    甘木の家を6時50分に出る。レールバス、鹿児島本線を乗り継ぐ。博多駅発は8時半だ。車内でサンドイッチなどを食べる。『司馬遼太郎の愛した風景』(新潮社)や青木奈緒『うさぎの聞き耳』などを読む。広島を通るとき、宮島のことを考え、新神戸を通るとき、布引の滝のことを考える。

 新大阪に着いて荷物を預けようとするが、トラブルがあり、ホテルまで荷物を持って行くことになった。このトラブルで30分ほどのロスタイム。大阪駅からJRの環状線で鶴橋駅まで行って、近鉄奈良線に乗る。

 河内小阪駅で降りる。ここは東大阪市だ。最初の目的地の司馬遼太郎記念館を目指す。駅前の商店街は活気があって、歩いていて心地よい。「にらめっこ」という子供向けの駄菓子屋さんがあり、ここに入ってしばし「懐かしい時間」を過ごした。

 アーケードを抜けるとそば屋さんがあった。ななちゃんが「司馬遼太郎ときたらそばよね」と言って入った。そばはおいしかった。中で聞いてみるとこの店は司馬遼太郎が生前よく利用していた店だという。執筆に疲れた午後3時頃現れてそばを食べていたとのこと。

ちょうどNHKの朝ドラ「まんてん」の時間で、このそば屋さんで今日も見ることができた。我が家は毎朝これを見て仕事や学校に行っている。亡くなったはずの父が出てきて、盛り上がっているところなので、見ることができて家族全員喜んでいた。

 記念館までの道は閑静な住宅地で、歩いていて落ち着く通りだ。中小阪公園という公園があって、そこには司馬遼太郎の記念碑があった。「二十一世紀に生きる君たちへ」の一節が紹介されていた。

 司馬遼太郎記念館の入場料は大人500円、子供200円。司馬遼太郎は1996年2月12日に亡くなったが、自宅と隣接地に立つ建物が記念館として2001年11月に開館した。司馬遼太郎の仕事場を庭からのぞけるようになっている。司馬遼太郎の四万冊ほどの蔵書が並べられている。新しいということもあり、気持ちのよい空間だった。シアタールームで紹介ビデオなども見た。ヨシキはこの中で「二十一世紀に生きる君たちへ」の全文を読んだと後で言っていた。帰りに司馬遼太郎関係の本や絵はがきなどを購入した。

 ここの係員の方達は親切で感じが良かった。ボランティアで仕事をしている方が多いように思われた。こういった施設はどこでも応対がいいとは限らない。不愉快な思いをしたこともあるから、この司馬遼太郎記念館はいいところだと思う。施設も人も周りの雰囲気もいい。安らげる空間だった。

 このあと、小阪駅から近鉄電車に乗り、鶴橋まで引き返した。JRの環状線に乗り大阪城公園駅で降りて、大阪城に向かう。駅から意外に遠くて、歩くのがきつかった。大阪城の天守閣入場料は大人600円、子供は無料。天守閣に登り、豊臣秀吉や大坂冬の陣・夏の陣などの資料展示を見て回る。ヨシキが最近歴史に興味を持ち始めているので、ここに来たのはよかった。彼はNHK大河ドラマの「利家とまつ」を見ていたので、豊臣秀吉や前田利家の肖像画などに興味を持っていた。

 帰りは森ノ宮から地下鉄に乗ろうということで、森林公園の方から降りたが、ここには青色のテントが多数林立していた。ホームレスの人たちのテントだ。大阪城公園には400人ほどのホームレスの人たちが生活しているという。大阪市は大阪城公園内に一時避難所を設置しているが、入居を拒んでいる人も多いようだ。大都会の光と影を見て複雑な感想を持った。

 森ノ宮駅から地下鉄で大阪港に向かう。天保山に着いたのは17時頃だった。天保山大観覧車の料金は700円。ヨシキとユリだけが乗る。夕陽を浴びながら、標高113メートル、一周15分の旅を味わっていた。

 海遊館はパスすることにして、マーケットプレースでおやつタイム。ここのたこ焼き、イカ焼きはおいしくなかった。ななちゃんとユリがウインドーショッピングを楽しんでいる隙に、ヨシキと私は「天保山登山」に挑むことになった。

 天保山とは「日本で一番低い山」である。標高は4.5メートル。江戸時代の天保年間に土砂を集めてできたということ。この山のことは、「山と渓谷」1月号に載っている。すでに暗くなっているので、探すのに手間取った。海岸に立つ「天保山」の標識を見つけて、ヨシキと記念撮影をした。「登頂」は17時40分頃だった。

  天保山には先日宮崎の水流渓人さんと百名山さんが登られている。水流さんは長く大阪に住んでいらっしゃった。水流ママの実家が大阪なので、お正月に帰省なさっていたわけである。百名山さんもお正月の里帰りのついでに寄られたとのこと。やまびこ会の関係者には関西にゆかりの方は多い。前回も今回も色々と教えていただいた。感謝するばかりである。

 地下鉄で弁天町まで戻り、JRの環状線で大阪駅に着いた。夕食をどうしようか迷ったが、高くておいしくなさそうな店ばかりが目につく。私たちには探す能力がない。地下の大丸の食料品店街で、弁当、お総菜、フルーツ、ケーキなどを買ってホテルの部屋で食べることにした。ここで買ったたこ焼き・ネギ焼きはとてもおいしかった。こんなやり方は初めてだったが、成功したと思う。安くて質の良い夕食を味わった。

 ホテルグランヴィア大阪は駅に直結していた。21階のファミリールームに泊まったが、広くていい部屋だった。4人分のベッドの他、テーブルやソファー、トイレ、お風呂、シャワー室がある。洗面台は二つあり、大阪市街の見晴らしもいい。部屋にはみんな満足していた。

司馬遼太郎が通っていたそば屋さん

司馬遼太郎の書斎の前

司馬遼太郎記念館の前

中小阪公園の司馬遼太郎碑
「二十一世紀に生きる君たちへ」

大阪城をバックに

大阪城の堀

天保山1

天保山2

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