背振山           〜佐賀県脊振村/福岡市〜

             2002年10月6日(日) 背振山 福岡山の会
田中登山口(8:55)→背振山(9:40)→(10:00)矢筈峠(10:20)→(10:40)背振山(13:10 )→(13:50 )田中登山口

 福岡山の会は1932年に創立された。今年で70周年を迎える。今年は記念行事が目白押しだ。この日は「背振山集中登山」ということで、11のコースから背振山に登り、山頂で会員が集合するというもの。福岡山の会は2ヶ月に1回、会報を発行している。「せふり」という題名だ。「せふり」では長塚節の「不知火の國のさかひにうるはしき背振の山は暖かに見ゆ」という短歌がトップを飾っている。

 日本ペンクラブのホームページで検索すると、長塚節は「歌人・小説家 1879.4.3 - 1915.2.8 茨城県国生村に生まれる。伊藤左千夫と共に正岡子規門下の双璧で、小説「土」などを遺し、ことに気品平静の写生歌に努めた。掲載の、歌人闘病の絶境「鍼の如く」は、大正三年(1914)五月より翌大正四年(1915)一月まで「アララギ」に断続連載の全部を収録。旅の好きな歌人はこの直後に没した、享年三十七歳」とある。

 長塚節は九州大学で病気療養中だったが、1914年11月に、

十六日、このごろ熱低くなりたれば、始めて人をたづねていづ、空晴れて快し

不知火(しらぬひ)の国のさかひにうるはしき背振(せぶり)の山は暖かに見ゆ
ながつか たかし  

という状況でこの短歌を詠んだらしい。長塚節の記念碑は九州大学構内や太宰府観世音寺にある。長塚節が亡くなって17年後の1932年に福岡山の会が生まれる。背振山は「ハイキングからヒマラヤまで」をモットーとする福岡山の会の原点の山である。
                                              

会長の挨拶

    ファミリー登山専科の私としては、この行事に親子で参加したかったが、町内の子供会の旅行と重なってしまった。阿蘇ファームランド行きである。ヨシキは当初こちらに来るつもりだったようだが、ユリの説得に応じて、旅行に出かけることになった。今日は私一人での参加になった。

 椎原から矢筈峠へのルートで参加しようと思っていたが、椎原は甘木からは遠い。当日の準備が遅れて時間的に厳しくなった。それで馴染みのある佐賀県脊振村田中からのルートをとることにした。

 7時半に甘木を出る。登山口に8時半に到着する。午後からは崩れるという予報だが、いまのところは曇りだ。田中から背振山に直登するルートは何度か歩いたので、矢筈峠に向かうルートを歩こうと思った。しかし、登山口を発見することができずに、結局歩き慣れた田中から背振山に向かうルートを歩くことになった。

 今日は子連れでなく単独なので登山に集中できる。昨夜雨が降っているのか、水っぽい登山道を歩いていく。気持ちがいい。時間もかからず30分で車道の分岐に出た。これぐらいのコースだったのかと驚いてしまった。天気は曇りだが、時折は晴れ間も見えて、快適な登山だった。

 集合場所の山頂広場にはまだ誰もいなかった。それで矢筈峠方面まで歩いてみた。車道歩きだが、風が強かった。矢筈峠から田中に降りるルートをリサーチしてみた。

 背振山に引き返す。山の会の副会長のUさんはじめ何人かの方が到着して準備を始められていた。やがてあちこちから登られてきた方が次々と到着される。会場設営をして、12時からセレモニー。係のTさんの進行で、O会長の挨拶、乾杯、記念撮影などが行われる。

 このころから雨が降ってきたので、狭いあずまやは福岡山の会の会員であふれんばかりだった。およそ70名の会員が参加していた。何年ぶりかでお会いする方もあり、楽しい時間を過ごすことができた。
 福岡山の会の会員数は130名ほどなので、およそ半数が集ったことになる。すばらしいことだと思う。昨年11月に入会されたしげさんも感激していらっしゃった。

 1時過ぎから三々五々で下山することになる。私は一人で往路を引き返した。雨が降っているので、登山道は川のようになっているが、自然がみずみずしさを取り戻しているので、カエル、沢ガニ、バッタなどと戯れながらのんびりと下山した。雨を味わうことができた。

 2時には下山して、3時には帰宅した。大半の方は長いコースを歩かれているはずなので、サボったような後ろめたい気分を味わった。

山の会の旗とともに

雨の中参加者全員集合

観世音寺の長塚節歌碑
  10月20日(日)に観世音寺の長塚節歌碑を見に行った。しげさんに同行していただいた。 観世音寺は朝倉宮で鬼の祟りに遭って亡くなった斉明天皇を弔うために、息子の天智天皇が建てた由緒ある寺である。長塚節は亡くなる2ヶ月前に観世音寺を訪れている。おにぎりのような形の石碑がひっそりと建っていた。この辺りの説明は西日本新聞社から昨年刊行された『ふくおか文学散歩』(轟良子・轟次雄)に詳しい。

手を当てて鐘は尊き冷たさに爪叩き聴くそのかそけきを

トップページへ戻る    福岡山の会のページへ戻る
個人山行日記へ戻る