耳納連山「漱石の道」  
      〜福岡県久留米市/浮羽郡田主丸町/八女郡上陽町〜

   2002年10月29日(火) 発心山・高良山  単独
発心公園(9:05)→尾根ルート→(10:40)発心山(10:55)→(12:20)紫雲台(12:55)→(13:35)兜山(13:40)→(14:10)高良山(14:25)→王子宮→(15:00)追分バス停

 日曜日に仕事だったのでこの日は代休だった。疲れているので遠出は避けて近場の山に出かけようと考えた。来春に福岡山の会の山行で耳納連山「漱石の道」縦走を企画したので、下見をしようということで一人で歩くことにした。このルートを歩くのは5年ぶりだ。意外に長いブランクになった。

 これは1897年(明治30年)3月に夏目漱石が歩いた道である。熊本の第五高等学校の教授だった漱石は久留米にやってきて、御井町から高良山に登り、発心山に至り、草野町に下山して発心公園の桜を見物している。このときの経験がもととなって『草枕』が生まれたとされている。久留米市観光課はこの14キロの道を整備して「漱石の道」と名づけている。句碑も沿線に6カ所設置されている。

 エブリワンで弁当を買い、車で草野町に向かう。平日の発心公園の駐車場には他に車はない。寒そうなので防寒着を身につけ、準備をして歩き始める。

    
                                              

草野町発心公園の漱石句碑
「松をもて囲ひし谷の桜かな」

   最初に発心公園にある夏目漱石の句碑に立ち寄る。「松をもて囲ひし谷の桜かな」
 ここが桜の名所だということが分かる。

 一の滝、二の滝を通ってお地蔵さんを拝みながら登っていく。以前は林道が入り組んでいて分かりにくいところもあったが、新しい標識が要所要所に設置されていて、迷う恐れはなくなっていた。

 蔵跡は尾根ルートと横岩ルートの分岐になっている。横岩ルートは荒れているとの情報もあって、尾根ルートを登る。急傾斜で息が切れる。この登りは標高の割には骨が折れる。アルミのはしごも2カ所設置されていて整備が行き届いていた。

 登り切ると、筑後平野の展望が素晴らしい。お湯を飲み、あんパンを食べて一息つく。
寒いが天気がいいので至福のひとときだ。

 発心山の頂上は山城跡になっている。戦国時代末期の天正年間に草野氏が築いた城跡が残っている。スカイラインの舗装道路に寸断されて見る影もないが、発心城跡の案内板があるので往時を忍ぶことができる。ここは久留米市、浮羽郡田主丸町、八女郡上陽町との境だ。

 高良山方面に400メートル進むと漱石句碑がある。「濃かに弥生の雲の流れけり」
 この句碑は車で来る場合、最も奥まった場所にある。こうやって歩いてたどりつくと感激もひとしおだ。

 ここからさらに西へと向かう。スカイラインの左右に自然歩道があり、楽しく歩くことができる。車道が大きく迂回しているようなところに自然歩道が設置されていて近道になっている。時折、ゴミが散乱していたり、「犬の墓地を撤去してください」の無粋な看板に出会ったりもするが、久留米、八女方面の展望を味わいながら進んでいく。

 お日さまが顔を出すと暖かいが雲に隠れると途端に寒くなる。くじゅうでは初冠雪ということだし、10月の下旬にしては異常な寒さだ。

 グライダー山、凌雲台、桝形山を越えて耳納平に達する。ここは八女郡上陽町との分岐になっている。八女側を見下ろすと耳納大橋を望むことができる。上陽町は「ホタルと石橋の里」がキャッチフレーズだ。

 紫雲台のあずま屋で昼食にする。このあずま屋は古ぼけていた。寒いのでカップ麺を作る。食後のホットコーヒーがおいしい。本当に急に寒くなった。今年は秋が短かった。ここから何人かの人にメールを送る。平日登山なので「羨ましがらせメール」だ。

 ここから兜山は近い。「文学散歩」登山を標榜しているので、少し寄り道になるが兜山の青木繁歌碑を訪ねる。季節はずれの兜山キャンプ場はひっそりとしていた。

 「わがくにはつくしのくにやしらひわけははいますくにはじおほきくに」
 青木繁は久留米生まれの画家。明治15年生まれで明治44年に亡くなっている。28歳で亡くなった夭折の天才画家である。漱石よりも15歳若く、そして漱石よりも早く亡くなっている。この碑は友人の坂本繁二郎の直筆だということだ。

 さらに高良山に向かうと、漱石句碑が二つある。「筑後路や丸い山吹く春の風」「人に逢わず雨降る山の花盛」スカイラインなどなかった耳納連山を漱石が歩いた105年前の情景が目に浮かんでくるようだ。漱石句碑の案内板が壊れていてゴミが散乱していた。車で来れるところは仕方がないが本当に残念だと思う。

 いよいよ高良山頂。「菜の花の遙かに黄なり筑後川」
 ここからの筑後平野の眺めは抜群だ。体育祭の練習をしているらしい太鼓の音がどこからか聞こえてくる。

 王子宮コースを下山する。今日は自然歩道では誰一人として出会うことがなかった。静かな平日の耳納連山を満喫することができた。

 王子宮の駐車場を過ぎて、山川の漱石句碑に立ち寄る。「親方と呼びかけられし毛布哉」 

 明治32年の正月に漱石が耶馬渓方面に旅行した際に、日田から吉井、久留米を通って熊本に戻った際に山川での体験をもとに作った句である。熊本にいた漱石は九州各地をたびたび旅行している。

 追分のバス停について時刻を見るが、草野行きのバスは日中は1時間に1本しかない。ちょうどタクシーの営業所があったので、タクシーに乗った。2100円だった。

  

発心城跡の案内板

発心山頂近くの漱石句碑
「濃かに弥生の雲の流れけり」

兜山の青木繁歌碑
 「わがくにはつくしのくにやしらひわけははいますくにはじおほきくに」

高良山近くの漱石句碑
「筑後路や丸い山吹く春の風」

高良山近くの漱石句碑
「人に逢わず雨降る山の花盛」

高良山頂の漱石句碑
「菜の花の遙かに黄なり筑後川」

山川町の漱石句碑
「親方と呼びかけられし毛布哉」
 
 昼食をはさんで6時間ほどの文学散歩登山だった。平日だったので人や車にも逢わずに静かな時間を持つことができた。寒い日が続いていたが、天気がよかったのは幸いだった。夏目漱石の文学碑6基と青木繁の文学碑を拝むことができた。楽しい一日だった。

 このコースを歩く場合に、耳納スカイラインを歩くべきか、自然歩道を歩くべきかということだが、車が多い場合はスカイラインは風情がない。今日のような平日では、考え事をしながら歩くのにはスカイラインがいいかもしれない。自然歩道は荒れているところや散らかっているところもあるので、トレーニングにはいいようだ。気持ちに余裕があればできれば自然歩道を歩きたい。それにしてもほとんど車道を歩くことなく、発心山から高良山まで歩くことができる。ありがたく思った。

 ところで、この縦走路での夏目漱石、青木繁の文学碑については西日本新聞社刊の『ふくおか文学散歩』(轟良子・次雄)に詳しいので参照してほしい。

田主丸から見た耳納連山

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