英彦山           〜福岡県添田町〜

            2002年10月14日(月) 英彦山  ヨシキ・ユリ
英彦山青年の家(9:45)→(10:00)豊前坊(10:05)→(11:20)北岳(11:30)→(11:55)中岳(12:40)→バードライン→(14:20)英彦山青年の家

 ユリは10月8日で10歳になった。誕生日を記念して英彦山に登ることになった。1999年5月にヨシキと初めて登った。2000年4月にもヨシキと歩いた。昨年の2001年10月にユリの誕生記念ということで、三人で歩いた。そして今年だ。英彦山には1年に1回登っている。英彦山の適度の岩や鎖が面白いのか、二人ともやる気満々だ。

 当日はいい天気だ。秋晴れの快晴の予報が出ている。予定通り8時に家を出る。中村屋のおにぎりを買い、セブンイレブンでおやつなどを買い、江川ダム、小石原を通って、英彦山に向かう。小石原は民陶祭があっていた。ヨシキが助手席に、ユリが後ろに座っていたが、ユリが車に酔っていた。苦しそうだった。
                                              

青年の家近くの山頭火句碑

   英彦山青年の家に駐車する。これまでは3回とも豊前坊に駐車していたが、タクシーを利用したり、下山時に長い登りを強いられたりと、課題も多かった。今回は青年の家から豊前坊まで歩き、北岳、中岳を経て、バードラインコースで青年の家に降りてこようと考えた。

 ヨシキもユリも登山靴を履き、出発準備をする。自然歩道に入るとすぐに種田山頭火の句碑がある。これは田川農林高校が建てたものだ。山頭火は昭和4年にここに来て、英彦山に登っている。山伏ラインと呼ばれる最もハードなコースを歩いている。相当な健脚だったようだ。

 山頭火はこのときのことをこう記している。

けさ早くからお山めぐりをしました。
鬼神社梵ヶ岩、奥杉、材木岩そして本社に参拝しました、頂上のながめはすばらしいもので大山小山層々と重なり合ひ、遥かに由布岳、久住山、阿蘇まで望めます、半里ばかり岩石の間を下れば高住神社ここから守実まで四里でありますが、一里ばかり下に山国川の源流、平鶴官林の谷があります。
私の最も好きな景勝でありました。
途中また溝部村からふりかへつて見る旧耶馬の山々も美観でありました。
種田山頭火(昭和四年十一月十五日荻原井泉水宛書簡より)
 
 自然歩道をしばらく歩いて、豊前坊に出る。それまでどこを歩いているか分からなかったヨシキとユリも了解したようだ。高住神社に参拝して、ここからいよいよ急坂にとりつく。距離は短いが、岩あり、鎖あり、木の根にすがる難コースである。

 ヨシキもユリも体力的には問題ない。元気よく登っていく。ただ鎖場でユリがかたまってしまった。どう動いたらいいか分からなかったようだが、三点確保で何とか切り抜けた。ここを越えると北岳山頂は近い。展望もぐんぐんよくなってくる。登山途中に会ったおじさんから「犬が岳の鎖場は子連れではやめたがいいよ」と言われて、ヨシキとユリは「犬が岳に行ってみたい」と騒いでいた。

 北岳山頂は静かだった。ここでしばしの休憩をとる。長閑な気分を味わった。山頂の標識に「北岳1192メートル」とあったので、ヨシキは「いい国作ろう鎌倉幕府」とつぶやいた。6年生で歴史を習っていて、ヨシキは聖徳太子や織田信長に関心を持っている。

 中岳近くになると、紅葉がきれいだ。ユリは真っ赤な落ち葉を拾って、「紅葉をお母さんへのおみやげにする」と言っていた。

 中岳に到着。昼近いので登山者でにぎわっていた。天気がいいが、雲もあるので、気温はちょうどよい。カップ麺を作り、中村屋のおにぎりを食べる。しばらくのんびりと食事をした。ここからメールを送る。接続がよくないが、何とか送信することができた。

 正面登山道を降りるが、石段混じりの道は歩きやすくはない。昼すぎても登ってくる人が多い。今日は体育の日だから当然かもしれない。途中からバードライン分岐に折れると、人影が途絶える。怖いくらいだ。名前の通り小鳥のさえずりを味わいながら歩いていく。昨年はこの道をキャンプ場の方に降りてしまったので、降りたあとで長い歩きを強いられてしまった。今回は「観察路」を最後まで歩き通した。すると、スキー場のところに出た。ここからは5分で青年の家に帰り着いた。昨年に比べると短い時間で歩くことができた。

山頭火句碑の説明版

北岳にて

中岳山頂で昼食

誕生パーティ
  青年の家から帰途につくが、対向車が多いのには参った。英彦山は観光地でもあるので、登山者だけでなく多くの観光客も訪れているようだ。

 小石原は民陶祭の帰りの渋滞が怖かったので、山田市から八丁越で帰った。16時には甘木に帰り着いた。

 英彦山は登ったあとでの充足感が大きい。ヨシキもユリもよくがんばった。親としては満足感が大きい。母親も機嫌がよく、喜んでいた。帰ったあとでユリは「英彦山は簡単だったよ」と饒舌だった。10歳の誕生記念の登山を楽しく無事に終えることができた。

福岡県立英彦山青年の家のホームページ

トップページへ戻る   登山日記目次へ戻る