久住山・天狗が城 (やまびこ久住大集合)                         〜大分県久住町〜

        2002年9月22日(日) 久住山・天狗が城  やまびこ会(ヨシキ・ユリ)
牧の戸峠(8:00)→(9:40)久住分かれ(9:45)→(10:20)久住山(10:35)→神明水→(11:15)御池(12:15)→天狗が城→久住分かれ(13:05)→(14:40)牧の戸峠

 9月後半の3連休にやまびこ会のくじゅう大集合が実施されることになった。九重山群南側の沢水キャンプ場のバンガローを利用するとのこと。参加者は40名を越えるようだ。あいちゃんもいつものように親子で参加することにした。

 この宿泊の翌日に登山をする計画になっているが、子供連れでは連休最終日に帰りが遅くなるのは避けたい。宿泊の当日に山に登りたいものだ。我が家は九重中岳が未踏なので、南登山口からここを目指せないかと考えていた。
                                              



久住山頂

 しげさんから、この日に牧の戸峠から久住山を目指すので同行しないかというお誘いがあった。じんさん一家も参加されるらしい。同行して途中から分かれて中岳を目指してもいいかなと考えた。

 このやまびこ会のくじゅう大集合に、ヨシキは参加する意向だが、ユリは行きたくないと言っていた。直前まで説得することにして、前日には3人分の食材などの準備をした。前日は中秋の名月だったので、ユリはダンゴを作り、家族全員でお月見を楽しんだ。

    当日の朝、私は4時過ぎに起きて準備をする。ヨシキとユリを5時に起こす。「ユリちゃんどうするね」と尋ねると、ユリはむっくと起き上がって準備を始めた。結局、3人で出発することになった。暗い中、ななちゃんの見送りを受けて出発する。

 高速道路を九重インターまで走り、長者原から牧の戸峠へ。時間が早いので車は少ない。運転は楽だ。7時15分に牧の戸峠に到着。しげさん・だいちゃん親子を見つける。ここで一緒に朝食をとる。この時間の牧の戸峠は寒い。食事を終えると、ヨシキとユリは車の中でシュラフにくるまっていた。

 やがてじんさん一家が到着。御主人、4年生のユウスケ君とは初対面だ。じんさんのお友達一家も見えられる。今日は6年生2人、4年生3人、2年生1人、大人が5人の4世帯11人での合同ファミリー登山になった。

 天気予報では降水確率は10〜20パーセント程度だが、ガスが深い。沓掛山を越えると完全にガスの中だ。展望がほとんどない。天気がよければ雄大なはずの稜線を歩いていく。

 休憩しているとじんさんが細かく切った梨を配られていた。登山途中で食べやすいように工夫されている。細やかな心遣いが嬉しい。

 夏にしげさんが水流さん一家とこのコースを歩いたときに、雷雨に遭って、久住分かれの避難小屋に停滞したということだが、「臭かった」という話が出たので、興味を持ったユリは久住分かれに着くと探検に出かけていた。避難小屋とトイレが近いので確かに臭いようだ。

 久住分かれ付近まで来ると、いくらかガスが晴れてくる。目指す久住山頂が見える。中岳方面はガスの中で展望がきかないので、久住山に全員で登ることになる。

 登っている途中でヨシキが苦しそうにしている。息苦しいという。寒いのでユリは雨具を身に着けているが、ヨシキは半袖半ズボンだ。先に美ヶ原高原を歩いたときもこんな感じになったが、軽い高山病のようだ。この付近からヨシキは最後尾を歩くようになる。

 久住山頂にたどりつくと、ガスが晴れてきた。久住高原の方を見渡すことができる。ここで記念撮影。しばしの休息だ。久住山頂は人が多い。「猫も杓子も」の言葉どおりだ。くじゅうでの登山者は、この牧の戸峠から久住山のコースに集中している。

 御池に降りようということになり、南登山口分岐の神明水から中岳に至る道を歩く。こちらは人が少ない。晴れてきて見晴らしも利くようになってきた。のどかな御池のほとりで昼食にする。じんさんはガスコンロでウインナーなどを焼かれていた。しげさんはラーメンを作られていた。今日は寒かったので、こういう温かいものが嬉しい。食事が済むと子供たちは御池の周りで遊んでいた。自然の中で楽しそうに過ごしていた。

 御池からは中岳や天狗が城が見える。この後は天狗が城を周遊して帰ることになる。中岳のすぐ近くまできたので、登高意欲をそそられるが、久住山に登り、御池まで登ってきたヨシキとユリは、更なる登りを嫌がったので断念することにした。「九州本土最高点」に立つことへの魅力はあるが、そもそも我が家のファミリー登山は九州の主な山々に一通り登るという視点で実践してきたわけではない。登った山数は多いが、福岡近郊やファミリー向きの山が大半だったので、犬が岳、阿蘇高岳、根子岳、市房山、国見岳、祖母山、傾山、大崩山、尾鈴山、韓国岳、高千穂の峰、高隈山、開聞岳、そして屋久島の山々など九州の主要な山々は未踏だ。特にユリにとってはこれまでに歩いたことのない長い歩きになっているので無理をしない方がいいと考えた。

 天狗が城からの眺めはよかった。稲星山や白口岳の展望がよい。四方の九重の山々が見渡せる。直下の御池はサンサンと輝いている。岩の隙間にタバコの吸殻が捨てられているのをヨシキとユリが見つけて「いけないことをしている人がいるよ」と教えてくれた。

 久住分かれへの下山中に、ミラさん・Tetu-1さん、とっちゃんさんに会った。とっちゃんさんはお子さん連れだった。沢水キャンプ場から稲星山・白口岳の鞍部に向かうルートを登られたとのこと。下山ルートをどうしようか迷われていた。

 久住分かれまでくると、お昼を過ぎているので登山者が多くなっている。観光客がほとんど手ぶらで登ってきている姿も目につく。渋滞をかきわけながらの下山になった。天気は回復してガスが晴れているので開放感はある。ただヨシキとユリは疲れ気味で沓掛山付近からは最後尾を歩くことになった。

 下山しながら、じんさんのお友達の方に自然を愛する会の「参勤交代の旅」などについてお話を伺った。ヨシキやユリも一度はこんな行事に参加したらいいと思う。

 牧の戸峠に到着。今日は13キロほどは歩いたものと思われる。アップダウンはないが、単調な歩きなので子供には疲れやすかったようだ。長い距離と時間を歩いたことで、ヨシキとユリには自信になったと思われる。帰ったあとでユリは「お山にまた行こうね」と言っていた。


御池で食事


御池で遊ぶ


天狗が城


ベイブレード


トランプ


久住高原の北原白秋記念碑


久住高原の徳富蘇峰記念碑

  赤川の久住高原荘で入浴する。ヨシキとユリは風呂に入らずに待っていた。ここには望遠鏡が備え付けてあり、いま登ってきた久住山を望むことができる。ユリは「頂上に人がいるのが見えるよ」と喜んでいる。

 ミラさんから「もうすぐ南登山口です」とのメールが入り、迎えに行く。ミラさん、Tetu-1さん、とっちゃんさん、高校生の息子さん、ブラックモンブランさんの5人が元気に降りてこられる。車に乗せて沢水キャンプ場へ。ここに来るのは初めてだ。世話人のNRBさんたちは受付をなさっている。

 南登山口近くの北原白秋記念碑と徳富蘇峰記念碑を見学に行く。北原白秋は昭和3年に久住を訪れている。43歳だったという。「草深野ここに仰げば国の秀や久住は高し雲を生みつつ」という歌を残している。徳富蘇峰は熊本県出身。阿蘇の「大観望」の名付け親として有名だ。熊本の国府高校のホームページに「熊本文学散歩」というコーナーがあり、その中に「阿蘇の文学碑」という項目があるので参照されたい。


長湯小学校裏の与謝野鉄幹歌碑

 このあと、久住町で買い物。1998年の夏に久住高原のメリーファームというところで家族キャンプをしたが、そのときに買出しに出かけた久住町の店に寄る。大分県特産のカボスジュースを買った。この時に長湯温泉方面への道を確認する。

 午後5時に沢水キャンプ場に到着。野外でガスやコンロ、七輪などを使って調理を始める。なかむとし代表のあいさつの後、乾杯、宴会となる。我が家はいつものように肉中心のバーベキューだ。ヨシキががんばって火をおこす。宴たけなわの頃、空模様が怪しくなってきたので屋内に移る。



種田山頭火記念碑

 屋内ではビンゴゲーム、ギターに合わせてのコーラスなどが行われる。ゆうさんからケーキをいただいてユリは喜んでいた。ブラックモンブランさんにポロライドの写真を撮ってもらった。ほたるさんからは6月の雲仙九千部岳の写真をいただいた。一人ずつスピーチをするが、参加者が45名ほどなので時間がかかった。それぞれに面白い内容だった。ヨシキとだいちゃんはベイブレードに興じていた。じんさんところとお友達のところの子供3人はトランプに熱中していた。

 泊まることになっているバンガローが意外に遠いので、小雨の中シュラフを運ぶのが面倒に感じられて、車の中で寝ることにした。ワゴン車はこういうときに便利だ。夜中に雨がかなり降った。星空を仰ぐことはできなかった。

のびやかな権現山頂
 朝はかなり寒い。6時過ぎに外に出る。この時間から帰られる方もある。天気も回復してきた。くじゅうの山々が朝日を浴びてとてもきれいだ。

 朝食をすませて我が家は8時に失礼する。車のカギを中に詰め込んだ方があったようだが、ここはJAFが呼びやすいのでよい。私もずっと会員だが、この何年かはお世話になっていない。以前はバッテリーがおかしくなったり、高速道路でパンクしたり、カギを詰め込んだりと色々あった。釈迦院の三千段の石段登山口でカギを詰め込んだのは何年前だったろうか。安心料としての年間4千円は安いと思う。


長湯小学校1
 久住町から直入町の長湯温泉に向かう。七里田温泉を通って行く。長湯小学校の玄関前に駐車する。今日の目的は長湯小学校の裏にある権現山の文学碑を巡ることである。ここには与謝野鉄幹・晶子、種田山頭火、野口雨情、花田比露思、万葉歌碑など10基の文学碑がある。長湯温泉街の中にも17基の文学碑がある。このことは西日本新聞社の井上優『九州歌碑の山旅』で知った。

芹川の湯の宿にきて灯のもとに秋を覚ゆる山の夕立                     (与謝野鉄幹)
蛾となりてやがてはここへ飛びて来ん芹川に添ふ小さきともし火              (与謝野晶子)
まだ奥に家がある牛をひいてゆく (種田山頭火)
久住山から夜くる雨は長湯ぬらしに降るのやら」
                    (野口雨情)
小夜ふかく耳傾けて聴くものか河鹿に似たれ遠田の蛙                   ( 花田比露思)   


長湯小学校2

 種田山頭火の文学碑はえびの市の図書館英彦山青年の家の裏にもあった。野口雨情の文学碑は矢岳高原や皿倉山にもあった。花田比露思の文学碑は古処山9合目にもある。花田比露思は朝倉郡生まれだが、後に大分大学学長を務めている。  

 入口のトイレがきれいなので気持ちいい。権現山は小高い丘のようなところで、遊歩道に沿って文学碑が建てられている。散歩コースとしては素晴らしい遊歩道になっている。ユリは栗拾いに夢中になっていた。

 下山後に長湯小学校の校庭で遊んだ。素朴な遊具がたくさんあって、ヨシキとユリは元気よく遊んでいた。時間が夢のように過ぎていった。校門にコスモスやヒガンバナが咲き乱れていた。


長湯小学校3

 帰ったあとで、インターネットで検索すると、長湯温泉旅館組合のホームページにたどりついた。この中に温泉街の文学碑の紹介もあった。多くの文学者がここを訪れている。「日本一の炭酸泉」の長湯温泉は交通の便からなかなか行けないところだが、ぜひ一泊してみたいと思った。

 長湯温泉からは芹川ダムを通って庄内町に出た。国道210号を西に進み、玖珠インターから高速道路に入り、午後2時に甘木に帰りついた。
  国府高校のホームページ      長湯温泉のホームページ

トップページへ戻る    登山日記目次へ戻る   文学散歩記録へ戻る