法華院温泉           〜大分県久住町〜

        2002年8月8日(木)9日(金) 法華院温泉 ヨシキ・ユリ
吉部登山口(10:20)→(11:05)暮雨の滝(11:20)→(12:00)坊がつる(12:20)→(12:30)法華院温泉(8:35)→大船林道→(10:45)吉部登山口

 法華院温泉には1991年8月に友人と二人で泊まっている。長者原から入り、すがもり越から三俣山に登り、宿泊して翌日は平治岳に登って、雨が池越から長者原に帰っている。法華院温泉山荘には11年ぶりの宿泊になった。1995年には甘木のふっくんと坊がつるにキャンプに来ている。この坊がつる・法華院に泊まるのはそれ以来だ。

 ヨシキが小学校6年生になり、ファミリー登山の残りの期間が短くなってきたと痛切に感じている。この「九州の岳人のふるさと」に一緒に泊まってみたいという思いは以前から強く持っていた。長者原、吉部、男池、久住町、どこから入っても2,3時間は歩かないとたどりつけない坊がつる・法華院に子連れで訪れるのはなかなか容易ではない。ようやく今年実現の運びになった。

 法華院の宿泊は当初7月半ばに計画していたが、台風が来るとのことで大事をとって中止した。キャンセルの際に今回の予約を入れた。前後に他の行事もあり、日程的には苦しいが、2日間まとめて休みが取れるところがなく、この日程になった。過密スケジュールで私も体力的に苦しく、子供も登山を嫌がっていたので、山には登らずに「坊がつる・法華院でのんびりする」という方針を立てた。

 当日は8時に家を出る。中村屋のおにぎりを買い、おやつや飲み物の準備をして甘木インターから九重インターまで高速道路を走る。飯田高原経由で、吉部の登山口に着く。法華院温泉山荘に連絡を入れて、歩き出す。先日読書会夏山合宿の下見で村上さんたちと歩いたルートだ。                                            

暮雨の滝にて


 最初の急坂はかなりこたえる。3分おきに休憩しながら登りきると後は楽になる。夏の暑いときは木陰のなかの自然歩道は本当にいい。風が吹いてくると涼しくて気持ちいい。私が先頭、ユリが続き、ヨシキがラストを務める。

 暮雨の滝に降りて休憩する。昨夜は雨が降ったらしく、滝は水量がある。とても涼しい。ヨシキもユリも顔を洗ったり、苔むした岩に登ったりして遊んでいた。

 さらに自然歩道を進むと左手に平治岳が見えてくる。やがて大船林道との分岐に達し、この後は車道を歩くことになる。右手に三俣山が見えるようになる。小高い丘のようなところを越えると突然、坊がつるの雄大な風景が眼前に広がる。

 坊がつるの説明板のところで記念撮影をして休憩する。ヨシキとユリはお腹が空いていたらしく、ここでお握りを食べてしまう。私はここからメールを送ったりしていた。この付近は携帯はなかなか通じない。法華院は全然ダメなので、私は坊がつるまで来て送受信していた。

 それにしても、吉部の登山口から坊がつるまで誰にも会わなかった。平日とはいえ夏休み中なのにこの静けさは信じられない。

 ここから法華院温泉山荘まではすぐだ。山荘に到着してチェックインを済ませる。親子3人1泊2食で2万円。食堂で昼ごはんの残りを食べる。ヨシキはサンポー焼き豚ラーメンを売店で買って食べていた。250円だった。

 缶ジュースは街で120円のものが200円、ペットポトルは街で150円のものが300円だった。山のなかだということを考えれば妥当な値段だろう。

 個室は20室ほどあり、満室になると大部屋になるとのこと。今回は平日ということも会って、個室が取れた。大部屋に泊まっている人はいなかったようだ。部屋はきれいだった。11年前のときよりもよくなっていたように思う。部屋のなかにはふとんがあるだけだ。テレビもテーブルもトイレもないが、「山小屋」という視点から見れば立派なものだ。この部屋のなかで私たちはかなりくつろぐことができた。

 ただヨシキやユリが騒動すると下の部屋に響くので、それを抑えるのはなかなか大変だった。親子連れはできるだけ1階に泊めてもらったがいいかもしれない。

 一息ついて坊がつるのキャンプ場まで散歩する。テントが4張りあった。炊事場で野菜を切っている人もいた。四方の山々が見事だ。大船山、平治岳、三俣山、白口岳などヨシキ・ユリと登ってみたい。

 ユリが一人で女湯に入るのを嫌がったので、私と二人で入浴した。ヨシキは一人で入っていた。お風呂やトイレ、洗面所が清潔だったのは印象的だった。

 午後3時ににわか雨が降った。この後、4時過ぎからは雨が降ったりやんだりで、夜中までかなりの雨が降った。星空を期待していたが、それは味わうことができなかった。

 食堂にはテレビやソファーの他に本棚があり、山の本や観光ガイド、児童書、文庫本、マンガなどがたくさん置かれていた。「山と渓谷」もそろっていた。山の本は最近出たものも置いてあって、じっくり読みふけってみたいと思った。

 夕食は午後6時から。食堂で並んで受け取る。ご飯・お汁・おかずが一通りそろっている。昔は「ご飯・味噌汁・漬物程度」だったそうだが、私の11年前の記憶でもそうではなかった。なかなか豪華な食事だと思う。夕ご飯がおいしかったので、ユリは「朝ごはんが楽しみだ」と言っていた。

 親子連れの宿泊客が意外に多いように思った。坊がつるにテントを張った方が楽しいのだが、背負ってくる荷物のことや天気の心配を考えたら、山荘泊まりの方がファミリーには安全だ。雨が降っているのを見ながらユリは「坊がつるはいや。この山荘に泊まるんじゃないともう来ない」と言っていた。

 夕食後に部屋でのんびりしていたところ、いつの間にか眠りに落ちていた。8時ごろには眠ってしまったように思う。

 翌朝は5時半に目が覚めた。もう明るくなっていた。昨夜は雨が降っているが、今は天気がいい。日の出は5時半ぐらいだが、山の日の出は遅い。洗面などを済ませた後で、外に出て坊がつるからの日の出を拝むことにした。

 外は寒い。山荘の玄関の温度計は18度だ。高校山岳部らしいパーティーがもう山に向かって歩き出している。1時間ほど待って、6時半頃に北大船山に日が昇った。この直前の三俣山も光の反射で神々しい雰囲気をかもしだしていた。

 日が昇った後はどんどん昼間の雰囲気に変わっていく。山の夜明けというのは素晴らしいということを実感した。

坊がつるキャンプ場にて


山荘の個室でくつろぐ


山荘の食堂の本棚


山荘の夕食メニュー


日の出直前の三俣山


北大船山の日の出

 7時から朝食だ。ご飯・味噌汁のほか、卵やおかず、のりも付いている。おいしく食べる。食後にしばらく部屋でゆっくりした後、片づけして8時15分に食堂に降りてきた。既に多くの宿泊客は山に向かっている。我々は毎朝見ているNHKの朝の連続テレビ小説「さくら」をソファに座って見ていた。いつもは7時半から衛星放送で見ているが、ここは衛星放送は入らないようだ。

 8時35分に出発。楽しかった法華院山荘を後にする。帰りは大船林道を歩く。小鳥のさえずりが心地よく感じられる。トンボを追いかけたりしながら長い林道をテクテクと歩いた。道は広いが単調なのでヨシキもユリも退屈しながら歩いていた。

 8年前の1994年8月に読書会で同じコースを歩いているが、二人とも過去の記憶は全然なかったようだ。当時は3歳と1歳だから当然ともいえる。

 下りもとうとう誰にも会わなかった。吉部の登山口にも車は2,3台しかなかった。平日の吉部からの登山道は意外に利用されていない。坊がつる・法華院で会った人たちの多くは長者原から入山しているようだ。

 こうして法華院宿泊登山は終わった。豊後森の食堂でラーメンを食べて、午後1時半には帰宅した。

 山に登らずに法華院温泉山荘で長い時間を過ごした。およそ20時間だ。こういうやり方はあまりしたことがないが、このところ過密日程だったので結果的にはよかったと思う。山に登りたければ、2泊して中日に大船山などに登るのがいいようだ。そんな機会がまたあるかどうか。

 「山と渓谷」2002年6月号の「読者紀行」に「こんな山小屋泊まりがしたかった」という投稿が載っていた。このコピーが山荘の食堂に貼ってあった。神奈川県伊勢原市の方の投稿である。本州からはるばる法華院に泊まられて、人生の問題についてゆっくりとあれこれ考えた、法華院温泉に「生きる力」を与えられたという内容である。帰宅後に改めて読んでみたが、いい文章だった。

 法華院温泉山荘にはホームページがある。先日までここに勤めていた方のホームページもある。どちらもなかなか面白いので、宿泊しようという方は是非アクセスしてみたらいいと思う。

 法華院温泉山荘ホームページ         くじゅう写真館

トップページへ戻る   登山日記目次へ戻る