鎮南山・臼杵文学散歩   〜大分県臼杵市/津久見市〜

            2002年3月24日(日) 鎮南山  ヨシキ・ユリ
         登山口(10:50)→(12:00)塔の尾(12:40)→(13:20)登山口

 大分方面に旅行することになった。きっかけは『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の尾道三部作で知られる大林宣彦監督が臼杵を舞台にした『なごり雪』という映画を撮るという話をラジオで聞いたことだった。尾道三部作を観た私は1985年に友人と尾道に旅行している。行ったことのない臼杵の町を訪ねてみたいと思った。臼杵には鎮南山という楽しそうな山があり、興味を感じていた。それと以前から懸案になっていたハーモニーランドにも行こうということになった。鎮南山登山、臼杵観光、別府宿泊、ハーモニーランドという今回のプランが出来上がった。

 8時に甘木を出発する。中村屋のおにぎりを買って高速に乗る。大分自動車道をどんどん走る。別府湾サービスエリアで休憩。3年ぶりに見る別府湾だ。天気はいいが風が強く今日は寒そうだ。3ヶ月ぶりの宿泊を伴う旅にヨシキとユリははしゃいでいる。

 東九州自動車道を南に下る。左に海が見え、右に山が見える。3年前に登った霊山がそびえている。交通量が少なくのどかな感じの高速道路だ。10時過ぎには臼杵インターに着く。

 臼杵の市街地を走り、臼杵駅前のコンビニでおやつを買い、鎮南山の登山口を探す。対向車が来たらいやだなあと思いながら狭い道を運転する。植山墓地という大きな墓地の中の坂道を進み、広い駐車所のある登山口に到着する。

 駐車場から、東九州自動車道の上に架けられた橋を渡って自然歩道に入る。この山の登山道はよく整備されている。とても歩きやすい。森林浴という言葉にふさわしいコースだ。登山者も多い。臼杵市民に愛されている山なのだろう。1合目から2合目、3合目と塔の尾までこまめに標識があるので目安もつけやすい。ただ8合目の水呑み地蔵から9合目までは片側が切れ落ちていた。危険なわけではないが、高所恐怖症の私には緊張感を要するところだった。ヨシキとユリに笑われていた。

 2年前ぐらいはユリは危険箇所を怖がっていた。ユリがこういうところを怖がらなくなったのは成長したということだ。嬉しい発見だった。

 塔の尾に正午到着。先客の方が3名いらっしゃって食事中だった。「福岡県からわざわざいらっしゃったんですか」とびっくりされていた。

 ここからの展望は素晴らしい。標高475メートルだ。臼杵市街地が見える。海が見える。小さい島が浮かんでいる。リアス式海岸の複雑な地形は見飽きることがない。望遠鏡まで設置されている。祠やベンチもあり、手入れが行き届いている。ユリが「ここの望遠鏡はお金が取られないからいいね」と喜んでいた。

 中村屋のおにぎりとカップめんで昼食。憩いのひとときを過ごした。ただ風が強く寒かった。ヨシキとユリは祠に向かって「風を止めてください」とお願いをしていた。

 標高536メートルの鎮南山の山頂はここから15分だが、山と渓谷社の『分県登山ガイド・大分県の山』によると「予想外によくない」コースなそうなのでパスして降りることにした。

 下山は早かった。駆け下りるようにして降りた。午後からも登ってくる人が多く、「こんにちは」の挨拶を交わす。
                                              

臼杵市街地とリアス式海岸をバックに

 いよいよ臼杵観光。市営の駐車場に車を止める。ここの方が親切で色々説明していただいた。「臼杵みてある記」という観光マップをいただいて、これを頼りに歩くことにする。

 まずはアーケード街を歩く。甘木市のアーケード街は郊外型のショッピングセンターに押されて崩壊寸前だが、臼杵のアーケードはそれなりに賑わっていた。歩いていて気持ちがいい。

 アーケードから右に折れて二王座の歴史の道の散策になる。歴史が感じられる落ち着いた町並みだ。歩きながら尾道の町を思い出していた。龍原寺三重塔を見学する。これは安政5年(1858年)に建てられたという。この歴史の町並みは江戸時代に築かれたようだ。

落ち着いたたたずまいは尾道の町を彷彿とさせるものがあった。臼杵が「なごり雪」の舞台に選ばれたのももっともだと思った。

 野上弥生子記念館に行く。野上弥生子は臼杵の出身だ。15歳まで臼杵で過ごしている。99歳まで現役の作家として生きて昭和60年(1985年)に亡くなった。夏目漱石の弟子だということから私は興味を持っていた。漱石よりも18歳若い。野上弥生子の習作に『明暗』という作品があるが、夏目漱石の絶筆作品は『明暗』である。漱石が10年後に自分の最後の作品の題名に選んだというのは面白い。

 65歳のときに夫の野上豊一郎が亡くなった後、98歳までひとり暮らしを続けている。「先生、お一人でお食事はどうなされていますの?」との質問に、「小鳥だって自分の餌は自分で拾うでしょ。」と答えたという。

80歳からドイツ語の勉強を始め、友人に「笑わないでね。私ドイツ語を習っているの。原書を読みたいから。」といい、高齢になってからも探究心、向上心を持ち続けた人であった。

 野上弥生子の生き方は高齢化社会に生きる我々にとって示唆するものが大きいように感じられた。
 ここの係員の方と色々お話した。「なごり雪」の映画を観て臼杵観光をするツアーを福岡の旅行会社が組んでいるそうだ。ここで『うすきの彩』という写真集とフンドーキン醤油の小手川力一郎氏の『野上弥生子エピソード』という本を買った。

 臼杵公園の野上弥生子文学碑も行きたかったが、連れまわされたヨシキとユリが「お父さんは自分の好きなところばかり行く」と文句を言い始めたので、臼杵石仏に向かった。

 途中でnueさんに教えていただいていた「くにみ」というお菓子やさんに寄り、シュークリームやお菓子を買った。並んでいる人もいて、人気のある店だった。

 臼杵市内にはコンビニが少ないという印象だった。一昨年夏に湯前でキャンプをしたときに人吉から奥に入った湯前線の沿線にコンビニが林立しているのに唖然としたことがあった。古い歴史の町並みが保存されていることと関係があるのだろうか。

 臼杵石仏の入場券売り場には「なごり雪」のポスターが貼られていた。一回り見学して臼杵せんべいをお土産に買う。ヨシキとユリは川辺で仲良く遊んでいた。

 この後臼杵インターから別府に向かう。今回は大分市は高速道路で駆け抜けることになった。午後5時前にはスギノイホテル到着。9階の部屋に案内される。広い和洋室に通された。親子3人朝食付きで2万円は安いと思う。しばらくくつろいでいた。

 この後、別府在住の山キチさんが見えられる。「山キチのページ」は地元の鶴見岳の紹介をメインにした素晴らしいホームページだ。山キチさんの車で外出して「サークル」というお店で夕食。子供はチキンカレーを食べ、我々は釜飯セットを食べた。山キチさんとは昨年3月25日に古処山で初対面だった。あれから1年ぶりにお会いするが、そんな気がしない。話が弾んで時間がどんどん過ぎていった。

祠のある鎮南山塔の尾山頂

龍原寺三重の塔

野上弥生子記念館

臼杵石仏
 ホテルに戻り、スギノイパレスでボーリングをする。ヨシキもユリも楽しそうだ。スコア-は上がらないが、「下手の横好き」である。投げた後の二人の笑顔がとてもかわいい。

 部屋に戻り、ユリは大浴場のお風呂が嫌と言うので、部屋のお風呂に入る。ヨシキはひとりで大浴場に行く。彼は温泉好きだ。

 翌朝ははやく目が覚めた。山側の部屋なので夜明け前に鶴見岳ロープウェイ駅の明かりが見える。夜が白み始める頃、鶴見岳が神々しく見えた。鶴見岳は別府の守り神のような山なんだと思った。

 バイキングの朝食の後、ハーモニーランドに向かう。道路が整備されていて運転しやすかった。

 ハーモニーランドでは観覧車などに乗り、キティちゃんのパンをお土産に買った。ユリは喜んでいたが、ヨシキは退屈そうだった。キティちゃんのキャラクターショーがステージであっていたが、これにはユリは関心を示さなかった。

 昼食後に速見インターから高速道路に入り、2時過ぎに甘木に着いた。疲れたのか子供二人は眠っていた。

「なごり雪」のホームページ    フンドーキン醤油のホームページ(野上弥生子)

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