城山・四阿屋の岩           〜佐賀県鳥栖市〜

  2002年3月10日(日) 城山・四阿屋の岩 福岡山の会(ヨシキ・ユリ)
四阿屋駐車場(10:10)→筑紫神社→鉄塔→(11:05)城山(11:20)→往路→(11:55)四阿屋駐車場(12:05)→(12:20)四阿屋の岩場(14:50)→(15:00)四阿屋駐車場

 福岡山の会の山行で四阿屋の岩が企画された。私は福岡山の会に入会した1994年から翌年にかけて何度かここを訪れていた。素質に欠ける私はなかなかうまくならなかったが、持ち前の高所恐怖症の克服には役立ったと思う。最後に四阿屋を訪ねたのは1995年11月で、そのときは子連れだった。あれから6年余り、当時5歳と3歳だったヨシキとユリが5年生と3年生になっている。

 昨年11月に入会されたしげさんが初めて岩に挑戦されるということもあり、是非参加したかった。ただファミリー登山にのめりこんでいる私にとっては一日岩場で過ごすことにためらいもあった。それで近くの城山に午前中登り、午後に四阿屋に顔を出すことにした。  
                                              

城山山頂

   甘木から鳥栖まで高速道路利用。途中で弁当を買い、四阿屋の駐車場に向かう。道幅が狭く運転には気を遣う。懐かしい風景が広がる。城山のふもとの広々とした駐車場に車を止める。

 するとすぐに今日の係のYさんが登場。Nさんと二人だ。「我々は城山に登ってから来ます」とご挨拶する。

 城山は標高498メートル。『福岡県の山歩き』にはIさんが執筆されている。2時間もあれば周遊できる山のようだ。

 自然歩道が整備されているので登りやすい。急傾斜で息が切れるところもあるが、歩きやすい道である。鉄塔を2箇所通り過ぎて、丸太の階段のような道を登りきると頂上である。
 山頂は山城跡でベンチなども設置されている。おやつを食べて休憩する。ヨシキとユリはここの岩に登って遊んでいた。

 下山は早い。一気に下り、駐車場に帰り着いた。ここで荷物を詰め替えて岩場に向かうことになる。

 沢沿いの道も懐かしい。壊れかけた木の橋を渡るところがあったが、ここには立派な橋が架けられていた。それでも急ぎ足で渡るとグラグラ揺れる。ユリは怖がっていた。

 四阿屋の岩場に着く。福岡山の会のメンバーのほか、ラリーグラスの講習会も行われていて賑やかだった。しげさんは午前中3回登られたとのこと。Yさん、Nさん、ハッチーさん、P子さん、新人のAさんもどんどん登られていた。Kさんは家族連れだ。Iさんも後から参加された。それにしても四阿屋は清々しい雰囲気の漂う岩場だ。

 しげさんは意欲的に岩にとりつかれていた。ファイト満々だ。私が言うのも変だが、しげさんは岩の素質があるように思う。これから楽しみだ。

 ヨシキとユリは岩場の下にある沢で水遊びをしたり、岩場に落ちている古いロープを木に結び付けてぶら下がる岩登りごっこをしていた。長い時間をここで退屈することなく過ごしていた。自然の中で生き生きと遊んでいる姿を見て、父親として嬉しく感じた。この二人は自然の子だ。

 「あいちゃんは登らないんですか」と何度か声をかけられ、ヨシキとユリからも催促されたが、私はとうとう1本も登らなかった。ハーネスとシューズは持参していたが、6年ぶりで気後れしたということと、ヨシキ・ユリとのファミリー登山の期間が残り少ないという認識があり、いま岩をはじめるわけにはいかないという気持ちが強かったように思う。ヨシキ・ユリは父親が岩に登る姿を見たかったようだ。

15時に解散。この後我が家は筑紫野東急に寄る。百円ショップを眺めたりして帰途についた。

四阿屋の沢で遊ぶ

岩登りごっこ

福岡山の会参加者全員で記念写真
 福岡山の会でホームページを立ち上げる動きがあるが、その中心メンバーのハッチーさん、P子さん、しげさん、私の4人がそろった。ただみなさん岩に熱中されていて、そういう話を現地ではあまりしなかった。その意味でもみなさんの山にかける情熱が感じられたように思う。

 Yさん、Iさん、P子さんには6,7年前にこの四阿屋でお世話になった。物覚えの悪い私の世話を丁寧にしてくださったことは忘れない。不易流行という言葉を思い出した四阿屋の一日だった。 

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