皿倉山(帆柱自然公園)       〜福岡県北九州市〜

      2002年2月25日(日) 帆柱自然公園 やまびこ会(ユリ)
河頭山公園(8:35)→河頭山(8:45)→花尾山(9:40)→権現山(11:00)→皿倉平→野口雨情詩碑→(12:00)皿倉山(13:10)→(13:20)皿倉平

 北九州市在住の山ひとすじさんの主催で「帆柱自然公園散策」が企画された。河頭山(213m) 花尾山(351m)権現山(617m)皿倉山(622m)帆柱山(488m)の5つの山を「一筆書き」のように歩くプランだ。8時半から15時まで長く歩くプランのようで、参加するかどうか迷ったが、リタイアーしたらケーブルで降りてもよいとのことで、親子で参加することにした。やまびこ会の行事に参加するのは昨年9月の万年山以来である。YUTAさん親子や田川のきしめんさん親子の参加予定もあり、楽しみにしていた。

 ところがヨシキがこの5日前に熱を出し、学校を3日間休んだ。静養するべきだろうということで、ユリだけを伴って出かけようとしたが、ユリは「お兄ちゃんが一緒じゃないと嫌」と言う。これまでヨシキだけを連れて、福岡山の会、自然を愛する会、やまびこ会などの登山に参加したことはあるが、ユリだけを連れての参加はなかった。ユリの態度がかたくなだったが、粘り強い説得の成果があって、前日になってユリは行く気になった。

 当日は北九州市黒崎のプリンスホテルに8時15分集合。朝が早いので朝食をどうしようか迷う。私は朝食をとり、ユリは6時過ぎに起こして、6時40分に出発した。ユリの朝食は車中で、肉まん、ホットケーキ、カレーパンだ。甘木から八幡まで高速道路を走る。八幡から黒崎までは都市高速。黒崎で降りるとプリンスホテルはすぐだ。70分で着いた。

 古賀付近を走っているときに廃車の鉄くずらしきものが大量に積み上げられていた。ユリはこれを見て、「車がなかったらいいのに。全部、電車とバスとタクシーだけにしたらいいのに。そしてそれを全部ただにするといい」と楽しそうにつぶやいていた。面白い発想だと思う。黒崎で都市高速を降りると、ユリは「わー大都会だ」と騒いでいた。

 プリンスホテルはテニスコートなどもあり、駐車場も広く、なかなか広大なところだった。集合場所がわからずにYUTAさんに電話して尋ねて、やっとたどり着いた。今日の世話人の山ひとすじさんにお目にかかるのは昨年6月以来で、久しぶりである。
                                              

皇后杉にて

   参加者は20名。登山口の河頭山公園に移動して8時35分登山開始。YUTAさんところは、YUTAさんと4歳のひかりくんの2人での参加。きしめんさんは小5のふたごの女の子を連れての参加である。子供は4人だ。

 河頭山、花尾山からの黒崎市街地や洞海湾の眺めは抜群だ。若松の石峰山が見えるが、花尾山の山頂で山ふたすじさんが「あそこにぱ火野葦平の記念碑があります」とおっしゃっていた。私はあまり詳しくなかったが、後で調べてみると確かにそうだ。石峰山に興味が湧いてきた。

 兄がいなくて元気がなかったユリに、みなさん細やかに声をかけてくださって感謝している。登山道に落ちているヤブツバキの花を採集して串刺しにしながら歩いたので、ユリは最後になったが、ぴろりんさんが最後尾でフォローしてくださった。

 途中に「照葉樹の森」の標柱があり、爆笑だった。びろりんさんのホームページのタイトルが「照葉樹の森から」だからである。ここを通るようにしたのは山ひとすじさんの演出のようだ。
 「皇后杉」というところで休憩した。ここは神功皇后が新羅出兵の際に軍船の帆柱に切り出したためこの名がついたと伝えられている。この山域には神功皇后伝説が多い。

 権現山の山頂は広々としていて気持ちが良かった。これから向かう皿倉山が向こうに見える。高さはほとんど変わらないようだ。

 皿倉平まで降りると、ここからはとても賑やかだ。山頂周辺は行楽地になっている。車で来ることも出来るし、ケーブルやリフトもある。ここでやっさん夫妻が出迎えてくれた。やっさんには九重の貸し別荘「星座」で2度お世話になった。本来のお住まいは北九州市だ。こちらでお目にかかるのは初めてである。

 この後、皿倉山の山頂を踏む。ここには九州自然歩道の起点の標柱がある。先ごろ葦書房から『九州自然歩道を歩く』という本が出た。ここで全員で記念撮影。やっさん夫妻を含め22名だ。山頂からの眺めがいい。北九州市街地が見渡せる。スペースワールドも小さく見える。

 少し下った展望所で昼食。こちらは南側の福智山や平尾台の眺めがいいところだ。ユリはサンポー焼き豚ラーメンを食べていた。食事の合い間に会話が弾む。空を見るとパラグライダーが飛んでいた。見ているだけで足がすくむ。

 登りは3時間半かかった。下りは2時間ほどである。ユリはもう歩きたくないと言う。朝早く起こして寝不足なのと、ヨシキがいないせいもあるだろう。よく頑張ったが仕方ない。YUTAさんところのひかりくんも頑張ったが3時間半は4歳児の限界を超えた歩きだったと思われる。ここで一緒にリタイアーすることにした。きしめんさんところのお二人は下山も頑張って歩きとおしたようだ。帆柱山をパスするのは残念だが、4つ登ったので満足だ。ユリはこの「4つ登った」ということを強調している。

野口雨情の詩碑

九州自然歩道起点の皿倉山頂

皿倉山頂を飛ぶパラグライダー
 ケーブルの駅では20分待った。家族連れが多いが、歩いて登っている人は少ないようだ。眺めの良い急角度のケーブルカーを楽しんだ。下駅では車で来られたやっさん夫妻とYUTAさん親子が迎えにきてくださった。ここから河頭山公園まで乗せていただいた。

 YUTAさんからスケートの券をいただいて、お別れする。プリンスホテルのスケート場でユリはスケート初体験。最初は氷の上をこわごわ歩いていたが、だんだんと慣れてきていた。歩きながらユリは「オリンピック選手ってすごいね。氷の上を走ったり、踊ったりするなんて。」と言っていた。ちょうど冬のオリンピックの最中だった。

 この後は、直方バイパスから飯塚経由で甘木に帰った。初めて走る道は新鮮だ。北九州市内を抜けると混雑もない。スイスイ走って90分で着いた。行きは高速料金が2500円かかったが、帰りは冷水トンネルの400円だけですんだ。ユリはくたびれてこの間ずっと寝込んでいた。

 ユリは人気者になった。森林インストラクターのぴろりんさんのホームページの表紙を「森の精」という表題で飾っている。あかげらさん、かおるさんからも画像をいただいた。「千と千尋の神隠し」が好きな9歳の女の子だが、みなさんにかわいがっていただいて幸せな子供だ。

 皿倉山の山頂近くに野口雨情(1882〜1945)の詩碑があった。『青い目の人形』『からす』『雨降りお月さん』『シャボン玉』などの童謡の作者として知られる野口雨情は1932年に帆柱山に登り、「帆柱山の歌」を作詞した。神功皇后がこの山の杉を船の帆柱に使ったから帆柱山と呼ばれるという説もあり、「皇后杉」などこの山域には神功皇后伝説が多い。

 福岡県の中でも北九州市には文学碑の数が断然多い。関門海峡を隔てて本州に近いせいもあるが、この町が戦前八幡製鉄を中心に工業地帯として栄えたからのようだ。風師山には高浜虚子、吉井勇、林芙美子、川端京子などの文学碑がある。花尾山から望んだ若松の石峰山には火野葦平の文学碑がある。風師山は2000年10月に歩いたが、石峰山にもいつか来てみたいと思う。 

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