山の辺の道           〜奈良県桜井市〜

         2001年12月27日(木) 山の辺の道 ななちゃん・ヨシキ・ユリ
近鉄桜井駅(9:45)→初瀬川→喜多美術館→平等寺→大神神社→狭井神社→玄賓庵→(12:00)桧原神社
                                              

出発地の近鉄桜井駅
 「山の辺の道」は桜井から天理までの16キロのコースだ。三輪山や竜王山の麓を巻くようにしてつけられている。自然歩道が多い。「日本書紀」によると「日本最古の道」とされている。沿道には記紀万葉の歌碑も多い。この付近にはJRの「朝倉駅」「三輪駅」がある。三輪山という標高標高467メートルの山がある。山全体が麓の大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体で信仰の山である。

 ところで私の住む福岡県のあまぎあさくらには「朝倉町」「三輪町」が存在する。目配山という山があるが、標高405メートルで別名を「三輪山」という。目配山にも近くの砥上岳にも神功皇后伝説がある。この地域とあまぎあさくらの地名が似通っているので興味があった。それでここを訪れることにした。三輪山に登ってみたかったが、家族4人での行動ということもあり、登山は見送ることにした。

 朝食のバイキングを済ませてホテルをチェックアウト。近鉄奈良線で桜井に向かう。前日に登った二上山の北側を走る電車だった。桜井駅に降り立ち、記念撮影をして4人で歩き出す。ヨシキとユリは最初から楽しそうだ。この辺りは「三輪ソーメン」の看板が目立つ。感じのいい街だ。

 三輪山の山容の感じが目配山に似ているのに驚く。安本美典氏の「邪馬台国東遷説」が本当らしく感じられる。邪馬台国はあまぎあさくらの地にあり、この邪馬台国の人たちが東に進み(いわゆる神武東征)、大和朝廷を立てたという説である。それでこの地域とあまぎあさくらの地名が似通っているというわけである。帰ったあとで、ヤフージャパンで検索すると、この説が詳しく紹介されていた。

 初瀬川を渡り、古い町並みを歩く。平等寺を過ぎ、やがて大神神社(おおみわじんじゃ)に着く。背後の三輪山を御神体とするため本殿はないということだ。大きな神社で参拝客も多い。

 三輪山登山口の狭井神社を過ぎると自然歩道になる。とても風情のある道だ。道端に野イチゴがあり、ヨシキとユリは野イチゴ捕りに夢中になる。昨日まではヨシキと私の登山だったが、今日はヨシキとユリは芯から楽しそうにしている。仲のよい兄妹だ。

 長岳寺か崇神天皇陵まで行きたかったが、桧原神社にたどり着いたときには12時近くになっていた。桧原御休処という茶店もあり、ここで食事にすることにした。5キロを2時間で歩いて本日の行程は終了。700円のにゅうめんを食べ、『大和文学散歩』『山の辺の道文学散歩』という本を買った。山の辺の道の休憩にぴったりの店だった。ここから西に見える二上山はとても神々しく感じられた。

 ここでタクシーを呼び、天理まで行って、近鉄電車を乗り継いで奈良に入った。奈良公園を経て東大寺まで歩き、大仏様を見学した。車道沿いだが風情のある散策コースだった。東大寺の東側に標高342メートルの若草山がそびえていた。1月の山焼きで有名な山のこと。この山の南側にある標高283メートルの三笠山(御蓋山)は、百人一首に阿倍仲麻呂の歌で、「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」と詠まれている。月の出を遮る山とされていたらしい。

 この後、近鉄奈良線で大阪に帰り、新幹線に飛び乗って帰途に着いた。この際の時間がぎりぎりになってしまったことは反省点だ。大阪と奈良との横の交通は便利がいいが、奈良の縦の交通は不便だ。山の辺の道と奈良市内を同じ日に設定したのはまずかった。それぞれ一日とってじっくり味わうべきだった。時間不足で大阪都心の「芭蕉終焉の地」はパスする羽目になった。

 今回の旅行で地下鉄や私鉄乗り換えの面倒くささには閉口した。慣れればいいのだろうが、都会での暮らしは大変だと思った。九州はその点おおらかだ。

 3日間を振り返ってみて、楽しい家族旅行だった。天気に恵まれた。ヨシキは3日連続で山や自然歩道を歩いた。前日のUSJに比べて、今日の山の辺の道は家族全員楽しそうにしていた。アップダウンがあまりなくて、風情のある自然歩道なのでとてもよかった。山の辺の道はいつの日か全線踏破してみたい。三輪山にも登ってみたい。また来たいと強く感じたコースだった。この他、吉野山や葛城山、葛城古道、大和三山、奈良市内も味わってみたい。奈良への憧れを強くした旅行だった。

 この山の辺の道の沿線には記紀万葉の歌碑がいくつもあった。神武天皇、柿本人麻呂、額田王などである。古代のロマンをゆっくり味わいながら歩いてみたいコースだ。3日間を通して、古事記、万葉集、伊勢物語、松尾芭蕉などの文学散歩ができたことは本当によかった。平成6年に京都を訪れて愛宕山に登って以来の関西だったが、今回も得るものが大きかった。次の機会はいつだろうか。

  

初瀬川のほとりの万葉歌碑
「夕さらずかはづ鳴くなる三輪川の清き瀬の音を聞かくしよしも」万葉集2222作者未詳

初瀬川から見る三輪山の山容

大神神社(おおみわじんじゃ)

三輪山のふもとの説明板


神武天皇の石碑

桧原神社の前の桧原御休処
にゅうめんが美味しい

奈良の東大寺
 今年1年間のファミリー登山を振り返る。、ヨシキは32回、ユリは30回山に行った。ファミリー登山は1992年から始めているから今年が10年目になるが、数の上でも内容的にも今年が頂点になった。ヨシキも文句も言わずに3日連続登山に付き合ってくれたし、ユリは「来年はよっちゃんだけ山に行くことはさせない。ゆりちゃんも必ずついて行く」と言っている。親としては嬉しい限りだ。学校の勉強はなかなか好きになれないようだが、子供時代にこれだけ山に登った体験が彼らの将来において何らかの形で血となり肉となってくれればと願っている。

桜井市のホームページ
邪馬台国の会ホームページ
目配山紹介
砥上岳紹介
 

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