二上山           〜大阪府太子町/奈良県當麻町〜

            2001年12月26日(水) 二上山 ヨシキ
竹内峠(9:20)→(9:50)雌岳(9:55)→馬の背→(10:15)雄岳(10:35)→(11:25)近鉄二上神社口駅
                                              

登山口の竹内峠にて
 この日は5時半起床。朝食バイキングが7時からなので、出発準備をして食事に行く。ヨシキも私もしっかり朝食を食べ、今日の登山のための栄養をつける。今日の目標は二上山。これも大阪府と奈良県の境の山だ。天武天皇の皇子で、持統天皇から謀反の罪を受け、非業の死を遂げた大津皇子の墓があることで有名だ。雄岳(515メートル)と雌岳(474メートル)の二峰からなるので二上山の名がついた。「にじょうさん」と読むが古来は「ふたかみやま」と呼ばれていたらしい。

 近鉄南大阪線に乗る。二上山駅、二上神社口駅を通過して、當麻駅下車。ここでタクシーを拾い、竹内街道の二上山登山口で降りる。料金は1500円。しばらく「万葉の森」と呼ばれる遊歩道を登る。大伴家持などの万葉歌碑がいくつもある。やがて山道になり、登ってきた竹内街道の登山口を見下ろすようになる。

 雌岳の山頂は四方が開け展望がいい。よく整備されて公園のようになっている。葛城山やその背後の金剛山が美しい。ここで大阪府羽曳野市から来たという年配の夫婦に会う。霧島や開聞岳に登ったとのことで親近感を覚えた。

 馬の背まで下り、登り返して雄岳に着く。この登りはなかなか息が切れた。ヨシキは近道を探そうとあらこれ努力していた。

 雄岳山頂には立派な二上神社や大津皇子の墓がある。大津皇子の墓は宮内庁の管轄だ。死後に大津皇子の姉の大伯皇女が残した「うつそみの人なる我や明日よりは二上山(ふたかみやま)を弟(いろせ)と我が見む」という歌は悲哀に満ちている。山頂から難波方面の展望が開ける。かなたに大阪湾を望むことができる。なかなかの展望だ。

 二上神社口駅方面に下山する。自然林が多く苔むした登山道で気持ちよく歩いた。登山者も多く、大学
のゼミの学生のような人たちも居た。万葉集や大津皇子の研究のための登山なのだろうかと思いをめぐらせていた。

 二上神社口駅に着き、電車の待ち時間にヨシキはアイスクリームを食べていた。行きと同じ近鉄南大阪線に乗り、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に向かう。ここでななちゃん、ユリと待ち合わせ。ハンバーガーを食べて入場する。乗り物の待ち時間が長く、閉口した。雑踏は苦手だ。施設を一周して、動物のショーを見たり、ぬいぐるみのキャラクターと写真を撮ったりして退散した。USJは我が家向きのところで

はなかった。ユリが「早くホテルに行ってゆっくりしたい」と言っていた。子供は都会の刺激に疲れていたようだ。

 ホテルに16時半に着き、しばらくくつろいだ後で、夕食のため外出した。梅田で入ったたこ焼きやさんは失敗だった。子供二人はくたびれていて、ホテルに帰るとすぐに眠ってしまった。  
  

翌日山の辺の道から見た二上山

山頂の二上神社

宮内庁管轄の大津皇子の墓

USJで記念撮影

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