雲仙仁田峠・妙見岳         〜長崎県島原市〜

   2001年11月3日(土) 雲仙仁田峠・妙見岳 ミラさん・tetu−1さん・ヨシキ・ユリ
      仁田峠散策・ロープウェイ上駅→妙見岳→自然歩道散策 (時間記録なし)

 11/2から11/4にかけて熊本市の実家に帰省することになった。その中日の11/3に熊本港から島原に渡り、雲仙の山を楽しむことになった。島原在住のミラさん・tetu−1さん御夫妻のお世話で案内していただくことになった。仁田峠〜妙見岳〜国見岳〜紅葉茶屋〜普賢岳〜アザミ谷〜仁田峠のコースだ。このルートは標高差があまりないので、子供でも十分に歩ける。天気がよければ絶好のコースだ。

 私は雲仙には1990年4月に一人で来ている。フェリーで往復して国見岳、普賢岳に登った。この半年後の1990年11月17日に普賢岳が噴火した。この噴火は1995年まで続いた。この時期の島原の人たちの辛酸は言うまでもない。ミラさん御夫妻もその渦中にいらっしゃつたわけである。

 雲仙に次にやってきたのは今年の7月だ。ユリと二人で訪れて絹笠山に登った。雲仙ビジターセンターも見学した。今回が3回目になる。

  11/2の夕方に甘木から熊本に向かう。夏と違って日が短く、着く頃には日が暮れていた。老父母との久しぶりの対面だ。孫を連れてきているので老親もニコニコしている。天気が下り坂でどうも明日は雨らしい。夕方になって天気予報が悪くなった。どうしようか考えていたらミラさんから電話。明朝まで様子を見ようということになる。 

 11/3の4時半に目が覚める。熊本市は雨が降っている。ミラさんと電話のやり取りをして、とにかく海を渡って島原には行こうという話になる。登山は無理でもフェリーに乗り、観光や温泉だけでも楽しんでくることにする。

 ヨシキとユリを起こして出発。真っ暗な中を熊本港まで走る。立派な道路ができている。熊本港に行くのは私は初めてだ。6時半に港に着き、7時の出航までしばらく待つことになる。子供には「フェリーに乗って温泉に入って帰るよ」と説明する。朝食にサンドイッチを準備したが、この待っている間に車の中で食べてしまった。

フェリーの中から見る雲仙眉山
 
 フェリーの中は快適だった。島原に近づくと雲仙普賢岳が迫って見える。1時間の航海で到着だ。7月に多比良から長洲に渡ったときも感じたが、熊本県と長崎県は近いのだと実感する。

 港にミラさん御夫妻が迎えに来られていて、このあとをついて雲仙に向かう。Tetu−1さんの運転は慎重な安全運転で、後続のものにとってありがたい。

 1991年9月15日の雲仙普賢岳の火砕流で焼失した、大野木場小学校跡地を見学する。無残な光景に息を飲んでいた。ヨシキとユリはここで無邪気に柵によじ登って遊んでいた。ヨシキはもう5年生なのだから、こんな話も理解すべきなのだろうが、それがあいつらしいところだ。

 仁田峠に到着する。雨は降り続いている。風も強い。霧が深く山の形は見えない。観光客は結構多い。とにかく一応歩いてみようということで雨具を着け、傘をさして、ロープウェイ駅の裏から自然歩道を歩き始める。10分ほど歩くと風雨が強くなり、引き返すことになった。

 せめてロープウェイには乗ろうということで、切符を買って乗車。霧が深く展望は味わえない。4分で着いた。ロープウェイの上駅の中に雲仙の噴火のときの写真などが展示されていてしばらく見入っていた。

 しばらく休んで出発。妙見岳に登り、妙見神社に参り、国見岳方面に進む。雨の中だが、結構歩くことができた。風が強くなりそうな地点から引き返す。往復1時間は歩いただろうと思われる。ヨシキとユリは雨具をつけて歩いた経験が少ない。7月の久住山に続いて2回目だ。フードをかぶるのを嫌がる。それで頭はびっしょりになってしまった。

 下山後すぐに雲仙の小地獄温泉に向かう。ここで入浴。ヨシキとユリは「牛乳のようなお風呂」だと言っていた。tetu−1さんとヨシキと私は男湯に入り、ミラさんとユリは女湯に入った。ユリはこれまで私やヨシキと一緒に男湯に入ることが多かった。母親抜きで女湯に入ったのは初めてだ。ミラさんに対して粗相がなかったか、謎である。

 このあと、昼食場所を探す。雨が降り続いているので適当な場所がない。東屋で食事しようとしたが風が強い。とうとう私のセレナの中で食事をとることになった。8人乗りのセレナの中は意外に広い。ミラさんが用意してくださったおにぎりをヨシキとユリは奪い合って食べていた。「雲仙普賢岳噴火饅頭」はユニークな饅頭だ。その場で温められるように出来ている。寒かっただけにとてもおいしかった。

 この車内でミラさんが事務局を務められている「島原子供フェスティバル」についてのお話を伺うことができた。「通学合宿」の取り組みについても熱っぽく語られていた。資料や写真を交えての話で分かりやすかった。車内で不自然な姿勢でお聴きしたので、もう少しじっくりお伺いしたいと思った。 

妙見神社にて(ミラさん・ヨシキ・ユリ)

仁田峠にて

車の中で食事(tetu−1さん・ユリ)
 このあと、島原に向かう。島原城の近くの武家屋敷跡に立ち寄り、「雲仙普賢岳噴火饅頭」を5個お土産に買って、ミラさん御夫妻の見送りを受けて、フェリーに乗り込んだ。帰りのフェリーは乗客が多く、波も荒くて船が揺れていた。4時過ぎには熊本港に着き、5時前には帰宅した。

 ミラさん御夫妻には雨の中色々と気遣っていただいた。感謝している。この御夫婦は芯からの子供好きだということがよく分かった。楽しいフェリーの旅だった。

 翌日は打って変わっての晴天。熊本の市街地に出かけた。登山用品店のシェルパに寄り、ヨシキの新しい登山靴を買った。21.0の靴はヨシキには小さくなっていたので、24.0の新しい靴を購入した。前の靴はしげさんところのだいちゃんに差し上げた。私のウォーキングシューズも購入した。

 その後、紀伊国屋書店に出かけ、本を見ていた。私は本屋を歩くのは好きだが、甘木には大きな本屋がない。高校時代からの数年間は本屋にいるのが趣味だったような時期もある。今回なぜか本屋に対する憧れを強く感じた。都会の本屋を歩く機会をなるべく作りたいものだ。

  午後1時に熊本を出発。河内、天水、玉名を通って菊水インターから高速に入り、午後3時に帰着した。なぜか玉名市内で渋滞していた。河内付近から海の向こうの普賢岳がはっきりと見えていた。  

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