霧島御池・白鳥山      〜宮崎県/鹿児島県〜

            2001年8月22日(水) 御池 ヨシキ・ユリ(やまびこ会)
            御池入口(9:35)→御池キャンプ場→(11:05)御池入口

 宮崎県の「水流渓人」(つるけいと)さんのお世話で、霧島でキャンプをすることになった。宮崎県小林市のひなもり台キャンプ場である。ログハウスに泊まって、翌日ハイキングをするという。参加者は3世帯で、水流さんところが父母と子供4人、しげさんところが父親と子供1人、私のところが私と子供2人である。合計大人4人、子供7人の子供中心のキャンプだ。

 せっかく霧島まで出かけるのだから、韓国岳か高千穂の峰かに登りたかった。前日に朝早く出て、我が家だけで登山をする計画を立てていた。

 ところが台風がやってきた。この日に宮崎県は学校の登校日が中止になった。福岡県でも登校日を午後からに変更したりした。幸いにして台風はそれて九州への被害は大きくなかったが、4時出発を予定していた私の出発は8時半になった。甘木インターから肥後トンネルや加久藤トンネルを通って11時半には宮崎県えびの市に着いた。

 霧島連山にはガスがかかっている。風が強い。これは登山は厳しいと判断して、えびの市内の文学散歩をすることにした。えびの市文化の森図書館の敷地内に種田山頭火と若山牧水の記念碑があったので立ち寄った。

えびの市の若山牧水の歌碑
   放浪の俳人である種田山頭火は昭和5年に人吉から汽車に乗ってえびの市の京町温泉に来ている。碑は「旅のすすきのいつ穂に出たか」とある。

 若山牧水は宮崎県出身の歌人だが、大正14年に霧島山中の温泉に来ている。碑は「有明の月は冴えつつ霧島の山の谷間に霧たちわたる」とある。「ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ秋もかすみのたなびきており」という歌があるが、尾鈴山のふもとに若山牧水記念館がある。尾鈴山にも登りたいし、この記念館にも是非行ってみたい。

 この施設には古代の住居を復元した建物もあり、ヨシキとユリは中に入って遊んでいた。図書館でもしばらく過ごしたが、子供向けの本が多く、落ち着いた環境のもとで、夏休みの宿題をやっている小学生の姿が多く見られた。好感の持てる空間だった。

 この後、小林市に向かう。途中のレストランで昼食をとり、小林市内のAコープで今日の食材を仕入れる。「食事は各自」ということで、肉のほか、ソーメンやパンなどをかなり買い込んでしまった。宮崎牛や高千穂のソーメンつゆなど宮崎県の産品を私は好んで選んでいた。

 16時半にひなもりキャンプ場に到着。なかなかきれいなところだ。売店も充実している。しげさん、水流さんを待つ間しばらくくつろいでいた。アスレチック施設があったので、ヨシキとユリは遊んでいたが、台風の余波なのか、風が強かった。

 18時過ぎにみんなが到着するとにぎやかになる。バーベキューの準備をする。水流さんが料理長として大活躍。楽しい夜の時間を過ごした。実際に会うのはしげさんとは5回目、水流さんとは3回目だ。普段からインターネットでつながっているので打ち解けるのも早い。色々な話で盛り上った。子供同士で遊んだり、ヨシキは水流さんところに来て話し込んでいた。

 水流さんところは小6・小4・小2・年長なのでバラエティに富んでいる。子育てが長く続いて大変な面もあるが、上の子が下の子の面倒を見るという利点もある。兄弟関係にもまれてたくましくなるという相乗効果もある。

 小4のカナちゃんとヨシキがオセロの勝負をしたが、ヨシキはあっけなく敗れていた。カナちゃんはオセロの達人だ。帰ったあとで、ヨシキは「オセロを買ってくれ。練習して、冬休みに会ったときに勝ちたい」とせがんでいる。

 かなり盛り上ったが、12時半には私も眠っていた。うちの子供は普段は21時か22時までには寝るが、この日は12時ぐらいまで興奮して起きていた。

 翌朝は5時半に眼が覚める。朝日がきれい。目前の高千穂の峰が秀麗そのものだ。「神々の降り立った峰」は文字通り神々しく見える。しばらく自分の世界に浸っていた。7時にはみんな起きて朝食の準備。水流ママがサンドイッチやおにぎりの準備を手際よくしてくれる。食事の後は片付け。今日は午前中に御池の散策、午後にえびの高原池めぐりをすることになった。

 霧島バードラインを経て、御池に着く。周囲が4キロもある散策コースだ。ここを全員で歩く。池の周りを歩くだけだが、自然がいっぱいの楽しい散策路だった。あり地獄の穴や蛇の抜け殻を見つけたり、珍しい植物もたくさん見られた。それほど人が入っていないようなのがいい。楽しい時間を過ごすことが出来た。

 この後、高千穂河原を経て、えびの高原に向かう。宮崎県都城市に入り、鹿児島県の霧島町や牧園町を通り、坂道を登って高千穂河原に至り、宮崎県えびの市のえびの高原に着く。この辺りは宮崎県と鹿児島県が入り組んでいる。

 えびの高原の新しく出来たきれいなビジターセンターの前で昼食。水流ママの手作りのおにぎりが主食だ。おかずも焼き鳥などがあり、とてもおいしい。水流ファミの子供たちが「レストランよりもお母さんのご飯が一番おいしい」というのがよく分かる。

 えびの高原は3年ぶり。1998年5月に福岡山の会が霧島連山縦走を企画した。この時に私はヨシキと二人で参加した。雨だったので、ヨシキと私は大浪池に登った。雨の中の縦走を終えた山の会の人たちと一緒にえびの高原キャンプ場に泊まった。あの時ヨシキはまだ小学校2年生だった。翌日は皆さんと別れて生駒高原経由で帰った。ヨシキにそのときの記憶が残っているだろうか。

えびの市の種田山頭火の句碑

バーベキューは楽しい

オセロ対決(小4が小5に大勝)
ひなもりキャンプ場で子供たち勢ぞろい
白紫池で水遊び
             2001年8月22日(水) 白鳥山 ヨシキ・ユリ
      えびの高原(12:50)→白鳥山(13:50)→展望台→白紫池→(15:20)えびの高原

 水流ママを残し、大人3人、子供7人で出発する。このえびの高原池めぐりコースには、白紫池、六観池、不動池の3つの池がある。よく整備された階段と石畳の道をしばらく行く。やがて白鳥山へのコースに入る。池めぐりコースはよく整備されているが、途端に山道になる。山に慣れている者にとってはこちらのほうが歩きやすいし、楽しい。

 右手に白紫池を見ながら白鳥山の山頂を目指す。頂上付近は吹きさらしで石のごろごろした火山礫の斜面を登る。標高1363メートルの山頂だ。ここで記念撮影をして、展望所までぐんぐん下る。六観池が真下に見える展望所で休憩。この後も急直下でぐんぐん降りる。整備された遊歩道に出てしばらく歩き、白紫池のほとりに出て水遊び。やがて登ってきた道と合流して引き返す。楽しく明るい、それでいて登頂意欲も満足させる水流さんのプランは成功に終わった。それにしても7人もの子供を連れて行くというのはなかなか大変である。

 歩きながら大人同士で、子供同士で、あるいは大人と子供とで色々話した。ナナちゃんはさすが6年生で、下りでは歩けなくなった弟をオンブしていた。リーダーシップのある子だ。カナちゃんに「お山は好きね?」と聞いてみたところ、「山に登るのは嫌だが、自然は好き」と答えていた。登山中も他人とあまりべったりせずに一人で淡々と歩いていた。タイプとしてはヨシキに近いのかなあと思った。ユウ君とトオル君はだいちゃんと仲良しになり、「バブちゃん1号」「2号」「3号」の契りを結んでいた。帰り際には本当に名残惜しそうだった。

 水流さんも色々観察されていらっしゃって、ヨシキの山を歩く足どりが確かなものであること、ユリが私の調子の悪いデジカメを振り回していたことはユリの美的好奇心の顕れだと過分にほめていただいた。そう言われて、親としては悪い気はしない。下山時に野生のシカを見たが、そのときユリは必死でカメラに収めようとしていた。下山後にえびの高原で休憩。水流さんに勧められて「赤松せんべい」をお土産に買った。この後、不動池を見学して、小林インター入口まで水流さんの車に先導していただいて、帰途に着いた。

 家族合同のキャンプに私がきちんと参加したのは初めてだったが、本当によかった。欲を言えばヨシキやユリがもっと小さい頃からこの機会があったらとも思う。大人中心の行事に子供が参加するという形でなく、子供中心の行事としての意義はあったと思う。
 帰ったあとで、水流さんとしげさんから写真をいただいた。どれも思い出に残る写真だ。この直後に自分のホームページ「九州おやこ山歩き」を立ち上げた。別れ際の水流さんの励ましがありがたかった。その後もメールや電話でお二人に相談に乗っていただいた。お二人ともファミリー登山をなさっているだけに、心強く感じた。

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