矢城山・御立岬キャンプ      〜熊本県津奈木町〜

              二〇〇〇年九月二三日(土) 矢城山 ヨシキ・ユリ
石神(11:30)→(12:00)車道出会い(12:10)→(12:45)矢城山(13:25)→車道出会い→(14:25)石神

 私の登山人生は昭和六三年からだ。平成元年三月にこの山に登りに来ている。登山を始めた頃、私は葦書房から出ていた大園伸三氏の『九州百名山−親子で歩いたふるさとの山々−』をバイブルにしていた。大園さんは私より一〇歳年上だが、三人のお子さんとファミリー登山をなさっていて、それを二冊の本にまとめられた。私はこの一〇〇山のうち七四の山にこれまでに登っている。この大園さんの住まいが芦北郡津奈木町にあり、この町の「おらが山」が矢城山だった。それで登山を初めて間もない時期に一人で登りに行ったわけである。

 あれから一二年の歳月が流れ、今回一〇歳のヨシキと七歳のユリを連れて芦北郡田浦町の御立岬公園でキャンプをすることになった。それでそこから近い矢城山に登ることにした。

 熊本の実家を八時に出発。三号線を下る。秋分の日の連休なので渋滞を心配したが、大したことはない。八代市内を抜けて、日奈久を過ぎ、トンネルを抜けると田浦町。御立岬公園への案内板がある。そのまま津奈木に向かう。さらにいくつかのトンネルをくぐり、津奈木のファミリーマートで弁当を買い、物産センターから左折して矢城山の登山口に向かう。熊本日々新聞社から出ている『熊本百名山』によると、新しい林道が出来て私が一二年前に登ったルートは荒れているとのこと。この「山神開拓林道」を探すが発見できなかった。

 石神の登山口に「矢城山まで三キロ、五〇分」との標示がある。準備をして歩き出す。しばらくは林道を歩く。土木工事が行われていて、そのために道が分かりにくいところもある。やがて山道に入ると、すぐに立派な車道にぶつかる。ここに新しい「矢城山登山口」の標識がある。『熊本百名山』によれば、ここから頂上まで二〇分とのこと。

矢城山の山頂にて


 平坦な道を歩いた後で、急登になる。前日に雨が降っていて、滑りやすい。あえぎながら登ると「矢城山まであと五分」の標識があり、やがて五八六メートルの頂上に着く。迷ったわけでもないのに七五分かかった。

 頂上は広く、海がよく見える。大きな岩もあり、ヨシキとユリは岩に登って遊んでいた。弁当を食べる。ここからは携帯電話も通じた。ユリが「この山にお母さんと来たい」と言う。頂上には安永蕗子の「高原の石より湧きて海に吹く古代の風をここに聞くべき」の歌碑もある。

 下山は滑りやすいので慎重に降りる。ヨシキがズボンを泥だらけにしていた。雨のあとなので山の中には色々な生き物が動いている。蟹や枯れ葉カマキリを見る。カラスもいた。鈴虫などの秋の虫の鳴き声も聞く。初秋の山歩きを堪能できた。
 下山後すぐに御立岬公園に向かう。途中のマルショクで夕食の材料を買う。三号線から御立岬に曲がるところにヒライがあり、ここで氷を買う。

 御立岬は巨大なレジャー空間で、海の景観には驚かされた。自動販売機で六三〇〇円のミニログハウスの利用権を買ってチェックイン。カギを渡されただけで特に説明も注意書きもなかった。ここでゴーカートに乗ったり、海岸で貝殻拾いをしたりしてのんびりと過ごした。夕食は焼きそば。有明海に沈む夕陽がきれいだった。温泉センターで汗を流す。六畳のログハウスの中で相撲を取った。このログハウスには洗面所とトイレがある。エアコンもある。なかなかの快適空間だ。若者の集団も来ていて夜遅くまで騒いでいたようだ。

 翌朝は五時半に起きる。海岸の朝は寒い。朝食をとり、八時に出発。道路の状態が良く、九時半には熊本市内に着いた。ヨシキは家でファミコンゲーム。ユリと私は紀伊国屋書店に行った。龍峰山に登ったので、「彦一ばなし」が欲しかったが、ここにはなかった。「一休さん」と「きっちょむさん」を買った。一二時半にはおじいちゃんとおばあちゃんに見送られて熊本を出発。二時半に甘木に着いた。

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