黒髪山           〜佐賀県有田町

         二〇〇〇年八月一八日(金) 黒髪山 読書会(ヨシキ・ユリ)
竜門の滝(11:00)→(12:15)見返り峠(13:10)→(13:45)黒髪山(14:10)→(14:45)西光密寺

 読書会では毎年夏のお盆の時期に合宿を行っている。私が参加するのは昭和五六年からだが、それ以前は涌蓋山などに登っていたらしい。

 昭和五六年には釈迦が岳に登り、宝珠山に泊まった。テキストは芥川龍之介『侏儒の言葉』だった。

 昭和五七年と五八年は久住山に登った。産山村の民宿「大平の上」に続けて泊まった。ここにはこれからたびたび訪れることになる。テキストは夏目漱石。

 昭和五九年は国東半島の宿だった。ここは不親切な宿で読書会の歴史の中で汚点を残したと思う。

 昭和六〇年は参加していない。

 昭和六一年と六二年は篠栗の荒田高原の明治屋に泊まった。若杉山に登ったらしいが私は登山には参加していない。

 昭和六三年には別府のこだま荘に泊まっている。雨のために登山は出来なかった。平成元年には鶴見岳に登り、再びこだま荘に泊まっている。

 平成二年には久しぶりに産山に泊まった。一目山と万年山と二つの山に登った。

 平成三年も産山で、九重の星生山に登った。平成四年は仕事の都合で参加していない。

 平成五年は九重の黒岩山に登り、産山に泊まっている。この年からヨシキ・ユリも参加している。黒岩山に半ばまで登った。

 平成六年は産山に泊まり、大船林道を歩いている。

 平成七年は久住の南登山口から久住山を目指し、産山に泊まっている。

 平成八年は台風のため中止になった。

 平成九年は九重の黒岩山に登り、産山に泊まっている。

 平成一〇年は仕事の都合で参加していない。

 平成一一年は佐賀の天山に登り、古湯温泉に泊まっている。テキストは島尾敏雄『死の棘』である。

 今年は昨年に続いて佐賀県に出かけることになった。黒髪山に登り、伊万里市に泊まることになっている。今年は妻が残り、ヨシキ・ユリと私の三人で参加することになった。妻が弁当を作り、八時半に出発。甘木インターから高速に入り、金立パーキングで待ち合わせ。ここに集合したのは村上一朗さん夫妻、「桜買うたか?」さん、マナブさん夫妻、ひかるちゃん、あかねちゃん、はるなちゃん、タナカさん、坂口さん、モロさん、イさんとわが家の三名の合計一五名である。

 武雄南インターで高速を降り、登山口の竜門の滝に向かう。ここで金山さん夫妻と合流して総勢一七名になる。雷雨の不安の中準備をして登山に出発する。

 最初はアップダウンのない自然歩道。見返峠まで順調に歩く。ヨシキとユリは集団の中では父親を頼らずに歩いていく。ユリはイさんに手を引かれたりしている。ヨシキはモロさんと一緒に先頭を行く。

 見返峠の少し先の露岩で昼食。今のところ雨は降らないが、雷雨の不安はある。ひかるちゃん・あかねちゃんは雨具がないとのことだったが、黒髪山を目指すことになった。カミカゼ登山である。ここから鎖場や鉄ハシゴを登ることになる。

 ヨシキ・ユリは危険個所を怖がらずに乗り越えていった。私は怖かった。一〇年ほど前に通っているはずだったが、その時の記憶はなかった。黒髪山は精神トレーニングにはいい山だ。

 下山路は危険はないが、濡れ落ち葉で滑りやすかった。西光密寺で休んだ後で今日の宿の伊万里厚生年金保養センターに向かった。

 ここに着くとプールがあったので、ヨシキ・ユリとひかるちゃん・あかねちゃんは楽しく泳いでいた。夜は島尾敏雄『死の棘』の読書会が開かれた。

 翌日は朝からドッジボール。バイキングの朝食を楽しんだ。ヨシキはスイカをたくさん食べ、ユリはジュースを四杯も飲んでいた。

 伊万里焼きの窯元巡りの最中には子供四人はいろいろと工夫して遊んでいた。     


  

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