砥上岳           〜福岡県夜須町〜

               二〇〇〇年二月二七日(日) 砥上岳 ヨシキ
          砥上神社(12:00)→(13:15)砥上岳(13:45)→(14:35)砥上神社

 ユリがインフルエンザにかかった。この日は午後から天気がよくなった。ヨシキをともなって砥上岳に出かけた。「近郊の山ある記」の写真が砥上岳の山頂付近の分だけ「合格」していたが、ペンタックスの全自動カメラで撮ったものだったので、「ミノルタα−Sweet」で撮ろうと出かけていった。

 昼頃になったので、砥上神社は車がいっぱいだった。バイパスの工事をしているところに駐車する。ヨシキは私の後ろから付いてくる。時々大きく遅れるが、道に目印を付けたりして遊んでいるようだ。

 砥上岳の山頂でエブリワンの弁当を食べる。早速写真撮影。私は海老丼、ヨシキはおにぎり弁当だ。天気はいいが、風が強い。コーヒー、ココアを飲んで早々に下山する。

 林道に出て池のところでふっくん夫妻に会った。これから登られるらしい。

 砥上神社、みそぎのはる、さやん神、かぶと石、頂上付近、山頂の標識など一応カメラに収めることが出来た。

 ヨシキがまた宿題の日記にこの登山のことを書いていた。今年になってからヨシキはこの日記に登山のことしか書いていない。目配山の初日の出登山や雪の古処山登山、正月に読んだ山のガイド犬平治の本のことなどだ。

 昨年八月に頓田に引っ越してから、早朝散歩が出来ないというのが課題になっていた。適当な散歩コースがないということ。街灯がなく暗闇では危険だったり、犬に吠えられて興ざめだったり、車とニアミスになりひかれる恐怖を味わったりなどの問題点がある。二月一〇日午前八時半にけやき通りで通り魔事件が起こった。登校中の朝倉高校の生徒がナイフで切りつけられている。未明の暗闇の中での散歩にはそういう不安もある。

 真冬は明るくなるのが七時ぐらいからで、明るくなってからの散歩は無理だったが、この頃は六時二〇分ぐらいから白み始めている。それで白み始めてから明るくなってしまう前までの時間を利用して二〇分ほど歩いている。立石保育所からいすや会館を通り、バイパスに出て、Aコープ経由で帰ってくるコースである。なかなか楽しいが、他には歩いている人は少ない。何故だろうか。

 海鳥社の原稿の最終整理に追われていたが、一九日(日)に甘木歴史資料館に行って、神功皇后伝説やまでら山の伝説について調べてみた。『三輪町史』が特に役に立った。目配山の山名の由来は、神功皇后が筑紫平野を平定してこの頂から支配地を眺めたからだということだ。砥上岳には立派な説明版があるが、目配山にはないのは惜しい。                                             
【ヨシキの日記】
 今日「とがみだけ」にのぼりました。またおとうさんの写真で「とがみだけ」をうつすのです。それで「とがみだけ」には「かぶと石」「さやん神」「みそぎのはる」「とがみ神社」「ひづめ石」などがあり、それをとって歩きました。そしてぼくはわかれみちにきついほうとらくなほうのきついみちをえらびました。そのみちに二つめじるしをつくりました。一つめは、まがっているぼうをきりかぶのあなにさしたもので、二つめは三本木をつちのなかにいれています。二つめの三本の木のまんなかの木は30センチメートルぐらいあっているのを20センチぐらい土の中に入れました。そしてちょうぢょうについて、べんとうを食べて、めじるしをみるのをたのしみにしていたら、「ゆっくりのこうすでかえろう」とおとうさんがいったので、二つのめじるしはみれませんでした。くだりはけっこうきゅうだったので、ころびそうなところがありました。でも、ころびませんでした。下っているときに、おとうさんのしりあいの人と会いました。そして下りました。ちょっときつかったけどめじるしづくりとかがたのしかったです。まだ本にのせる写真はまだまだとります。本がたのしみです。

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